第24話 調べるらしい

 そういえば、向こう側の世界のこと全然知らねぇな。色々と聞きたいことあるし、この際聞いてみるか。



「なぁ、聞きてぇんだがよ。」


「んあ?」



 いや早っ、もうさっさと食い終わってやがる。あーあー、口の端にジャムがついて。ここ水洗い場無いよな


「おい、ジャムついてんぞ。」


「どこに?」


「口の右端。」



 そのあたりをぺろりと舌で嘗め取った。あんまり行儀は良くないが、その辺りを気にしても仕方ない。ついでに言うと俺もやるから言えたものじゃないってのもあるがね。



「んで、聞きたいんだが、お前の住んでるところって、保存技術どうなってるんだ? 魔法があるなら氷とか生成して、それを使えば物とか長持ちさせることとか出来そうなものなのに。」


「あぁ、それか。魔法もそんなに便利なものじゃねぇぞ。」


「というと?」


「アタシの魔法の師匠が言ってたことだがよ、魔法ってのはなんだとよ。」


「模倣? 真似をするとかの意味での模倣か?」


「そうそれ。模倣である以上、上手く普及しづらいんだと。持続性を高めなきゃ話にならねぇんだとよ。」


「持続性。……ってことは、魔法ってのは基本即効性なのか?」


「基本はな。魔法は基本詠唱ありきのもので、詠唱しなけりゃ魔法特有の指向性が持てないんだとよ。」


「指向性?」


使ってことだ。魔法と魔力放出の違いは、模倣と指向性の二つの要素があるか無いかだとよ。」


「指向性は分かったが、模倣ってのは? 何の真似を魔法でするんだ?」


「現象と性質だとよ。」


「現象と性質の模倣。」



 現象と性質の模倣となると……いや、何となく掴めてきたぞ。言ってた通り、魔法は指向性を持たなきゃいけない。力そのものを持っていても、それをどのように使うかによって、制する力にも暴力にもなれるように。もっと言うと正義のヒーローになるか、悪のヴィランになるかって事と大体一緒なのかもな。


 その指向性を示してやらないと、魔法は魔法として作用せず、単なる魔力放出として為されるのか。そして現象と性質を真似するのが魔法ってことは、この世界にも通じている物理法則に基づいているのかもしれない。


 火の魔法は燃焼の模倣であり、風は気圧の不均一性を解消の模倣であり……いやそれだと光とか闇とかはなんなんだ? 雷はまぁ分かる、放電現象だもの。あぁ、あと緑属性もなんだ? そこら辺全然わからねぇ。



「また聞くが」


「えぇ? まだ聞くのかよ。アタシそういう説明はめんどくせぇんだけど。」


「おまっ、それを俺に向かって言うのかよ? ただでさえ俺は何も知らないってのに。」


「アタシ、頭を使う作業が苦手なんだよ。ただでさえ魔法は頭を使うんだからよ、戦闘中にそんな悠長なこと考えてる暇があるなら、力で捻じ伏せるほうが早い。」


「お前はそうかもしれねえけどさぁ。」



 今はこれ以上聞き出せないか。くそっ、せめて魔法のことをもっと知ることが出来れば戦闘の幅が広がって色んなことに対処できるのに。何でこんな奴がこの世界に来たんだか……いや、無い物ねだりしても仕方ない。あとは自分で見つけていくしか無いか。


 ついでに今ので次の行き先が決まった。徒歩移動はこの時期そろそろ面倒になってきたけど、特に思いつくところ無いし此処で良いか。持っているジャムパンを食べて袋のみにさせたあと、ごみとなった袋を小さく畳んでポケットに入れる。



「おい、ごみ片づけるから袋寄越せ。」


「あ? その辺に捨てりゃいいだろ。」


「えっ?」


「ほれあそこ。」



 コイツが指を指した方向にあったのは、僅かに吹いている風によって飛ばされているジャムパンの袋だった。迷わずすぐにその方向に走って取った後、またすぐにコイツの元に戻った。



「バッカお前、何やってんだ!?」


「いやごみは捨てるだろ。」


「ごみを捨てるにしてもゴミ箱に捨てろや! 勝手に捨てると色々面倒なんだよ!」


「何で? 腐って地に還るだろ。」



 あぁ、そうだった。コイツの世界じゃプラスチック製品が無いんだった。



「だったら覚えとけ、プラスチック製のものは腐りにくいんだわ。たとえ一月二月経とうと基本腐らねぇ。」


「へぇ、こんなのがねぇ。」


「あと言っとくけど、生ごみも勝手に捨てるなよ?」


「何で?」


「公衆衛生とかの社会問題、環境問題、ともかくこの世界にお前んところの世界の常識を持ち込んでんじゃねぇ! 厄介な問題が発生して、その対処に追われなきゃならない事態になるんだよ!」


「くっそメンドくせぇなぁ。お前の世界生きづらくねぇ?」


「なら優しい俺がお前に忠告しといてやる。お前のせいで流行り病とか出ても、俺は擁護する気ねぇからな。」


「……何で流行り病に繋がるんだよ?」


「ちょうどいい。お前にその因果関係を教えてやるから、今すぐ着いてこい。」



 そのまま俺は振り返らずに、次の行き先に向かって大股で歩く。



「おーい、アタシを置いて行っていいのかよー?」


「うるせぇ! なら勝手に迷子になってろ!」



 正直、今コイツの方を見向きもしたくない。動こうとしなさそうな雰囲気の返事一つに苛立ちを募らせていくのが分かる。コイツの案内を頼まれたが、もう絶対に、金輪際、案内なんてしたくない!


 暫く歩いていたところで、俺の背後からペースの速い足音が聞こえた来た。振り向かなくても分かるが、どうやら着いてきたらしい。そのまま公園に居ても良かったんだがな!



「次、どこに行くんだよ。」


「図書館。」


「図書館ン? お貴族サマや学者サマが行くようなところに何の用だ? というか行けんのか?」


「この国じゃ基本誰でも本は読めるし、借りられる。本を粗末にしなけりゃな。」


「アタシ、文字ばっかりなところは頭痛がするんだけど。」


「なら安心しろ、お前に読んでもらうのは漫画のほうだ。」


「漫画?」


「そこで公衆衛生の歴史について学んどけ。この国で、ましてやこの世界で暮らす以上、知っとかなきゃいけない知識の一つだからな。」


「なぁ、漫画ってなんだ?」


「絵が主体の本だ。」


「絵が主体の本。」



 後ろに居るコイツを置いていきたいと思いながら、俺は足早にいつも寄る図書館の方に向かっていく。ッはあっ、さっきのを思い出して無性に腹立ってきた!










 色々と思うところはあるけれど、とにかく図書館に到着できた。と、入る前に言っとかなくちゃいけないことがあるんだった。一旦コイツの方を見なきゃいけないのは、少しあれだが仕方ない。俺は入り口前で立ち止まり、顔だけ振り返ってなるべく見ないようにして言う。



「良いか、入る前に図書館ではこれを守れよ。そうじゃなきゃお前は二度とこの施設に入れないからな。」


「別に気にならねぇけど。」


「付き添いの俺にも被害が及ぶんだよ察しろ。」


「へいへい。で、何を守ればいいんだ?」


「一つ、図書館では静かにしろ。大きな声を出したり、騒いだりするな。」


「それはお前が守るべきじゃねぇの?」


「誰のせいだと思ってやがる……?! で、次。本は丁重に扱え。破ったり汚したりしたら隠さず司書、この施設にいる職員に話をしてこい。きちんと謝辞の言葉を述べてな。」


「……なぁ、帰ってもいいか?」



 頭の何かが切れたような音がしたような気がした。コイツ……コイツッ!



「アタシそこまで興味ねぇし、本読むの苦手なんだよ。誰かに読んでもらわねぇと覚えらんねぇし、頁進まねぇもん。」


「そりゃ、文字だけの本の場合だろ? 言ったろ、絵が主体の漫画ってタイプの本があるんだよ。いいからとっとと読んで、この世界の公衆衛生について勉強してこい……!」


「だから、アタシそういうの興味ねぇし。」


「お前なぁ!」


「ショウちゃん?」



 誰の声なのか認識した瞬間、俺の体は僅かに上に飛び跳ねていた。冷や汗ダラダラの状態で、その声の主の居るだろう方向に首を動かして視線を向けた。寂れた歯車で動いてんのかと思わんばかりの動きで見てみれば、私服姿のカナデがやけにいい笑顔で俺を見ていた。



「カ、カナデ。き、奇遇だな。こんなところで。」



 声メッチャ震えてるぅ! あれ見られたか? 見られたよな!? いやでもついさっきここに来た可能性も無きにしも非ず! だとしたらまだ情状酌量の措置はあるはず……いやあって! お願いします!



「ショウちゃん。」


「はひっ!」


「体をこっちに向けて。」



 これ完全にブリキ人形じゃねぇかと思わんばかりの、ぎこちない動きでカナデの方に体を向けて立つ。目の前にいるカナデは笑顔なんだけど、完全に裏のある笑顔をしているんだよなぁこれ!



「ねぇ、ショウちゃん。この可愛い子はだれ?」


「あーっと、居候……です。」


「いつから?」


「一応、昨日からの。」


「ふーん。」



 怖ぇ! 声色は軽いんだけど、何か間違ったら後々面倒になりそうな予感しかしねぇ!



「あ、あの、カナデさん? いつから居たりしてました?」


「図書館の前でこの子に何か言ってた時から。」



 ほぼ最初っからじゃねぇか!



「ねぇ、ショウちゃん。」


「はいっ。」


「流石に図書館の前で怒鳴るのは良くないと思うよ。」


「ごもっともです……。」


「それに、居候さんなんだよね? 怒鳴るより、優しく教えてあげるのが普通じゃない?」


「…………はい。」



 ホントは色々とあって反りが合わないまま、居候してるんだけどね。その辺の事情知らないし、知らせるのも違うから否定するのが難しい。なので基本カナデの言った通り、普通はそうなんだ。普通じゃないからあれなんだけど。



「誰だアンタ?」


「ちょっ、おまっ!」


「初めまして、夕凪奏っていうの。ショウちゃん家のお隣りさんだから、よろしくね。」



 勝手に話が進んでる! コイツが何か粗相したらこの場の空気が最悪になりかねん!



「ふーん。」


「あなたの名前は何ていうの?」


「ラウリ、ラウリ・ユーティカネン。」


「わぁ、外国から来たんだ! それにすっごい綺麗な髪ね! 夕日みたいに赤くて綺麗ねぇ! ちっちゃくて可愛いー!」



 あ、マズいっ! それはソイツの禁句で――



「……おう、そうか。」


「うんうん、可愛いねぇ。」



 あれ、意外と大丈夫? 何で?



「ねぇラウリちゃん、今日は何で図書館に来たの? 日本にはなんで来たの? 留学? それとも旅行? それとも」


「っだあっ、ちょっとしつこい!」


「あ、ごめんね。急にいっぱい聞いてきちゃって。」


「や、謝るこたねぇけどさ。」



 んんんん????? 何か、カナデに押され気味なのどういうこと? 本居さんならまだ分かるけど、カナデに?



「図書館はコイツに連れられて来た。コウシュウエイセイ? について学べって。」


「そうなの?」


「外にゴミ捨てるなって話になって、ゴミを捨てたらどんなことになるのか知っとけって。」


「なるほどねぇ。」



 カナデの視線が俺の方に移動していく。暫く視線は俺の方に固定されていたが、またアイツの方に戻った。



「ならちょうど良かった、私も図書館に用事あったからさ。一緒に入ろ。」


「え、いやアタシ本は」


「まあまあ、良いから良いから。」


「ちょ、引っ張んなって!」



 何か知らんが上手くいったわ。コイツもコイツで何か普段みたいな粗暴さは出てないし……ひとまずはコイツに図書館を入れさせることはできたから、一応良しとするか。


――あ、武器!

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