第23話 案内するらしい

 出かける支度を終えて、ようやく案内をすることになったのは9時ちょうど。玄関近くの廊下に立っていたのは、この世界に溶け込んでいる服装を身につけ、あの古代兵装二種を身に着けているボサボサ髪のユーティカネン。



「おいこら、髪ボサボサじゃねぇか。」


「良いだろ髪ぐらい、手入れがクソ面倒なんだよ。」


「だからってそのまま出かけようとするな。それ直すまで外出ねぇから、さっさと来い。」


「どこに?」


「洗面所。さっさとそこで髪整えてこい。」


「お前はアタシの親かっての。」


「アホか、お前がそのまま外に出てたら悪目立ちするんだよ。ただでさえその赤髪で余計に目立つってのに、そのままにしてたら預かり先であるウチの外評判が悪くなるんだ。」


「おーおー正直なこって。」


「何とでも言え。人にはな、外聞や恥を気にしないと社会的な立場が危うくなる事があるんだよ。お前はその辺、気にしてなさそうだけどな。」


「おう。」


「俺は気にするんだ。それに、もしそのまま出たって事がバレたらおふくろに」


「ちょっくら直してくるわ。」


「はえーよ。」



 いや、俺のおふくろながら中々上手く機能してるというか。何で抑止力みたいな感じで作用してるのかとか、そもそも俺とコイツは力ならおふくろよりも上なのに何で従ってんだろ。……いや、刃向かったとしてその後の仕置きが怖いからだな。



「おーい、櫛どこなんだよ?」


「っと、そういやそうだった。待ってろ。」



 櫛のある棚を開けて、好きに使うように言ってまた暫くリビングで待ちぼうけ。五分ぐらいしたら戻ってきたが、多少はマシになった程度だった。これ以上は何かしら小言を言っても無駄そうなので、さっさと出かけることにした。










 二人は外へと出ていく。行き先は決めておらず、どこに行くのかもショウ次第の気の向くままである。


 現在は5月の終わりへと差し掛かり、そろそろ梅雨入りの時期になろうとしている頃だった。少しずつ暑くなってきていることを実感しながら、ショウは先にとある場所へと案内した。



「ここが近場のスーパーな。」


「ここか、例の……!」


「何でそんな強敵と出会した時みたいな感じで言うんだよ。ただの商業施設だぞ。」


「胡椒が普通に売られてる場所が普通なわけない。」


「お前のその胡椒に対する信頼感は一体なんなんだよ?」



 一悶着のようなものはあったものの、二人はスーパーの中へと入っていく。自動扉の先に待っていたのは、青果コーナー。しかし彼女にとってはその様々な野菜や果物が並んでいるコーナーよりも、この室内の涼しさに目を見張った。



「お、おお? 急に温度が下がって、なんでだ?」


「室温管理を徹底してるからな。業務用エアコンが着いてるんだよ。」


「えあこん?」


「エアーコンディショナーの略称。これが設置されているなら、室温の操作が出来る。夏場には涼しくできるし、冬場には暖かく出来たりする優れものだ。」



 ショウは上にある業務用エアコンに指を向けて、そのように説明する。身長差の問題から、上へと向けられた指の先が若干見にくいものの、彼女は稼働している業務用エアコンを視認した。



「はぁーん。」


「因みに、遠隔で温度調整とか風向きまで決められるからな。直接触る必要が無い。」


「はっ? あれが!?」



 2度見するぐらい驚いてショウに訊ねるが、それを無視して店内を巡り始めた。咄嗟にユーティカネンは着いていくが、次に目にしたコーナーで彼女は彼女の持つ常識が壊されていった。



「ぎょ、漁港近くでも無いのに、生魚をそのまんま置いてやがる……!?」


「保存技術が発達してるからな、魚が置かれてるのも普通だぞ。」


「いやでも、生魚を食えって言ってるようなモンまであるぞ!?」


「そりゃ普通に食うんだから置かれてるのも普通だろ。」


「はっ?」


「……あぁ、お前のところは生魚を食う文化が無いのか。」


「ある訳ねぇだろ! 普通は焼いて食うもんだわ!」


「だったら1回食ってみろよ、それで判断しな。」



 これを食べられるのかと疑心暗鬼になっている彼女を他所に、ショウは足を止めることなく歩き続ける。駆け足気味に追いついてきたユーティカネンは、様々なものを見て驚きに満ち溢れていた。



「生肉! 干し肉になってねぇ!」


「あーそうか保存技術の問題でか。」



「卵はこういう形で売られてんのか。」


「便利だぞ、よく使うしな。」



「……なぁ、アイスってなんなんだ?」


「基本甘くて旨い。食いすぎたら腹壊すがな。」



「なー……なっとう? これなんだ?」


「豆の発酵食品だな。匂いが独特だから好みは別れる、俺はたまに朝食うけど。」



「おー、酒いっぱいあんじゃーん!」


「お前この日本で絶対に飲むなよ?」



「パンがこんな種類あるのかよ……。」


「菓子パン買おっと。」


「おいアタシの分!」


「お前の分はお前が払え。」


「……財布置いてきちまった。」


「…………はぁ、ったく。何が要るんだ?」


「良いのかよ?」


「今日だけだ。次は無いぞ。」


「じゃあここにあるの全部。」


「一個だけに決まってんだろこの馬鹿!」



「なんだこれ?」


「カップ麺だな。お湯入れて時間が経てば食えるぞ。因みにお前が持ってるそれは、お湯入れて三分待てばいいだけだ。」


「どんな魔法使ってんだ!?」


「魔法じゃなくて技術だ。」



 様々な反応を示しており、色んな意味で退屈しないスーパー巡りになりつつある中、二人は調味料コーナーに足を運んだ。



「何だここ?」


「調味料品が並んでるコーナー、ここに塩とか胡椒、あとはお前の世界にも無い味付けを楽しめるものがたくさんある。」


「ここか、ここに胡椒が売られているのか……!」


「いやもう良いだろその反応、何度も見せられてるこっちの身にもなれよ。」


「馬鹿かお前、こんなの身構えない方がおかしいんだよ!」


「へいへい、そうですか。」


「本当に胡椒がここに――あっ?」



 胡椒を探していたユーティカネンだが、不意にとあるものに目が行った。パッケージにデカデカと名前が書かれているそれを見るやいなや、棚に置かれていた砂糖の袋を取った。



「なぁ、これ。砂糖じゃねぇか?」


「砂糖だな。」


「何で薬がここに置いてあるんだ?」


「えっ?」


「えっ?」



 何かがかみ合ってなさそうだと気付いたショウは、すぐにスマホを取り出して砂糖の歴史について検索した。そして分かったこととして、昔砂糖は薬として利用されていた歴史を知ると、スマホの画面を暗くして片づけたあと言った。



「良いか? そこにあるのは薬じゃなくて、ただの調味料だ。料理に甘味を足したり、ソースとかに使う材料なんだ。」


「薬じゃなくて?」


「おう。」


「高級品のこれ、富裕層しか買えないんだが?」


「この世界じゃ砂糖も普通に買えるぞ。」



 暫しの沈黙。そして待っていたのは、絶叫――ではなく過呼吸になりかけているユーティカネンであった。



「ちょちょちょ! おいおまっ、大丈夫かオイ!? 息吐くか息止めろ!」



 とは言ったものの止まりそうになかったので、ショウは彼女の鼻と口を無理やり閉ざして呼吸を物理的にできなくした。少しすると、呼吸の具合も安定し始めたため手を離すと、苦しそうに息を吐きはしたが、落ち着きを取り戻した彼女が



「おいそんなのありかよ!?」



 ――居なかった。



「何で砂糖もこんな簡単に手に入るんだよ!? 胡椒の時点で何となくそうじゃないかって思ってたけどさぁ! 何でこんな簡単に手に入るんだよおかしいだろ!」


「はーい、良い子だからお菓子売り場行こうねー。」



 その価値観の差による驚愕は、ショウも分からないわけではない。彼自身も諸外国の常識に対して疑問などを頭の中で思い浮かべたり、多少引いたりすることはある。なので彼女の言い分は分からない訳ではないが、生憎ここは色んな人物が訪れるスーパーである。


 そんな中で一人騒がしくしている人物が居るのは、場合によっては強制退転や出禁をくらう可能性があるので、それを避けるためにショウは彼女の言い分を聞かなかったことにした。


 無理やりにでもお菓子売り場に移動し、陳列された様々な菓子の種類を見て、彼女はもう声すら出なかった。胡椒が使われた菓子、砂糖がふんだんに使用された菓子、それらがあることを知って、頭の中がぐちゃぐちゃになって思考が停止した。



「おい? おーい? ユーティカネン? おーい?……え、マジでどうしたコイツ。」



 それから、ショウは菓子パン二つを買って店を出たあと、彼女を連れて近くの公園の所まで歩いて行った。










 はぁー、やーっと着いた。まだ力なく歩いてるだけでも良かったけど、あの場所で面倒なことになったら後々響くんだよなぁ。いやまぁ、こればかりは最初に伝えてなかった俺も武田さんたちも悪い。俺だけが悪いわけじゃないからな、これでよし。


 今は他の子どもや親御さんがこの場所に来て遊んでいるが、石のベンチには誰も座っていない。ちょうどいいので、引っ張ってきたコイツを座らせて様子を確認する。ってかまだ放心状態かよコイツは。



「はぁ。ま、コイツ食わせれば帰ってくるか。」



 さっき買った二つの苺ジャムパンの内の一つを開けて、パンをちぎったあとコイツの口の中へと入れ込んだ。無理やりにでもパンを咀嚼させてやると、一気に意識が回復したのか、辺りを忙しなく見回している。



「ここはっ!? それにこの口に入ってるのは!?」


「ようやく戻ったか。ここまで来るのかなり面倒だったんだぞ。」



 そう、身長176の俺が150ちょいの放心してたコイツを引っ張ってたんだ。しかも赤髪なのもあって余計に目立つ。日本じゃ見たことも無い髪色だからな。ありがたいことに、声をかけてきた人はコイツの状態を心配してくれたが、色々と勉強しすぎてこうなってるってことを伝えると納得はしてくれた。



「あとここは公園だ。放心したお前を引っ張ってきて、口にジャムパン捻じ込んで食わせた。おかげで元に戻ったがな。」



 そういった後、持っているジャムパンを袋ごと差し出す。コイツはそれを受け取った後、一口食べて表情を輝かせたかと思いきや、そのまま勢いよく食べ始めていく。



「落ち着けっての、パンが逃げるわけねぇだろ。」


「……ぷはっ、誰かに奪われることはあんだろ。」


「悪いがここじゃあそんな奴ほとんど居ない。奪うって選択肢を取ろうとしない奴が大半だ。」



 そう言ってる俺に疑いの目を向けながらパンを一口頬張った。すぐにジャムの甘さが広がっていったのか、すぐに顔を綻ばせてまた一口齧り付いた。俺も自分ように買ったジャムパンの袋を開けて一口食べる。


 こんな時間からジャムパン食べるのも中々罪深いな。休みの日とはいえ、中々どうして旨いもんか。次はどこに行こうものかね。

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