第22話 色々と違うらしい

 翌日。休みの日の朝だというのに、俺は七時に起きる羽目になり、ぼさぼさ髪のままリビングに降りて席に座っていた。どうやらコイツも同じように起こされ、長く赤い髪が寝乱れたまま俺の隣の席に座る。しかも何か眠そうにうつらうつらしてるし。


 テーブルの上に視線を移すと、白ご飯に味噌汁、ハムエッグキャベツ添えと俺の家でのいつもの食事内容が広がっている。ただし今回はカナデ以外でもう一人分増えているが。



「……んあ、なんだこれ?」



 眠たげにユーティカネンはそれを取った。箸の全体像を見まわしている様子を見て、親父が席から立とうとしていた。



「あぁ、親父いいって。俺が取ってくる。」


「あ、そう? じゃあお願いするね。」


「はいよ。おいそこの寝坊助。」


「んだよ、お前もだろうが。」


「箸をこっちに渡せ、スプーンとフォークに交換すっから。」


「はし……橋?」


「ニュアンス的にお前が思ってるものじゃねぇよ。ほら、さっさと。」



 箸について何かしら考えていたようだったが、すぐに俺の手に用意しておいた箸が行き渡り、それをスプーンとフォークの二つと交換してユーティカネンに手渡す。



「ほらよ。」


「金属製だ。」


「そんなに珍しいものか?」


「アタシんところじゃ大体木製ばっかだったんだよ。ここに来てからぷらすちっく? ってのも初めてみたし。」


「……あぁ、成程。」



 金属製のスプーンの普及がまだなのか、コイツの世界じゃ。それにプラスチックを初めて見たってなら、まだ発見にすら至ってなさそうだな。意外と技術レベルは俺が想像するもののそれに近いかもしれない。



「お前はそのハシとやらで良いのかよ?」


「日本じゃ箸食が普遍的なんだよ。この二本さえあればなんだって食えるんだぞ。」


「ほぉーん、こんなほっそい棒切れでねぇ。」



 慣れたら誰でも使えるけどな。ひとまず用事も終わったので席に座って食べようとしたら、親父とおふくろが俺に対して珍しいものを見たとでも言わんばかりの表情を向けている。



「なに?」


「いや、喧嘩にもならず会話で来たんだなぁって。」


「人の事なんだと思って……いや、当然の考えかそりゃ。」



 完全に事ある毎に喧嘩しかねない仲だしな、そりゃ驚かれるか。休みの日に朝早くに起こされてクソ眠いだけなんだけど。多分向こうも同じ感じなんだろう。



「いつもそんな調子なら良いのにねぇ。」


「無理。」「絶対無い。」


「あれま即答。」


「もういいだろ、早く飯食おうぜ。」


「ん、それじゃあ――」



 いただきます。と俺と両親は手を合わせながら口を揃えて言った後、俺は箸を持って最初に味噌汁から手を付ける。と、何やら視線を感じたので見てみると、不思議そうに俺と両親を交互に見ていた。



「なんだよ?」


「さっきの、なんだ?」


「……お前もしかして、食べる前に何も言わないのか?」



 基本“神の恵みに感謝します”、とか言いそうなもんだが。いやそれは宗教の違いにもよるだろうから、一概にこうとは言えないんだろうけど。



「言わねぇよ。そもそも飯は飯だろ、神様のお恵みに感謝しますとかって文言なら、ウチのメンバーの聖職者が言うぐらいだわ。」


「飯は飯だけどな、そもそもこの食卓に並んでる料理も、元は生き物として生きてたんだぞ? 生きていたものを食べるんだ、命に向かって感謝するのは命に対する礼儀だろうよ。」



 何か豆鉄砲くらったような顔になったぞコイツ。そんなに珍しいかこれ? とか思っていたら視線を並んでいる料理に移して、少しの間何もせずボーっと見ていた。そして漸く動き出したかと思いきや、両手を合わせている。



「……いただきます。」



 そう言ってスプーンを手に持って、最初に白ご飯から手を付け始めた。茶碗を押さえてスプーンで一掬いした白飯を食べたのを他所に、俺は味噌汁に入ったワカメと豆腐を箸で取って口の中に放り込んだ。



「あめぇんだな、これ。」



 何か白飯食ってやけに感慨深そうな感想残してるなコイツ。



「お口に合わなかった?」


「いや、こっちに来てからおにぎりってヤツは食ったことあるし、これだけだと何の味もしなさそうだなって思っただけだ。意外に甘味があったんだなこれ。」



 甘味ねぇ、あんまり感じたことは無いけどそういうもんか? よく分からねぇからコイツの言ってることは無視しといて、食卓に置かれた塩コショウを取り、それをハムエッグの上に軽く振りかける。



「それは?」


「塩コショウ。」


「はっ!?」


「うるっさ。」



 たかが塩コショウで大げさ……いや待てよ。そういえば塩と胡椒は昔かなりの貴重品だったな、貿易とかで高値で取引されるぐらいには。だとするとそんな貴重品が普通に使われているってのを見たのなら――。



「お、おい貸せ!」


「取らねぇよ、忙しない奴だな。」



 自分の分のハムエッグに塩コショウを振りかけて、フォークで切り取りそれを食べた。食った途端に表情が変わっていく。今日コイツ表情がころころ変わりまくるな。



「本当に……本当に胡椒だ! 塩味も確かにある! おい!」


「っでぇ急に掴むな!」


「これどこにあるんだ? どこにこんな量の胡椒が売ってるんだ!?」


「普通にそこら辺のスーパーとかコンビニとかで売ってるんだよここじゃあ! そこまで高くねぇから買おうと思ったら買えるわ! だから手ぇ離せ!」


「そこら辺の、スーパー。コンビニ。」



 一気に脱力して手を離したかと思いきや、呆然とした様子のまま最後に言った言葉を繰り返して呟き始めた。いやなんとなくそうだとは思ったけども、だからって朝飯はここまで騒がしくしなくてもいいだろうがよ。もう疲れたんだけど。



「胡椒でここまで珍しがるものかしら?」


「今日は騒がしいね。」



 ってか、この二人の前で色々と聞かせたのは結構まずいのでは? どうしよ、ここで言い訳できる理由が見つからねぇし、あとで武田さんにどうするか連絡しとくかぁ。










 呆然としながら食事を終えたコイツを待っていると、午前八時四十分。ようやく全部食い終えたが、いまだに呆然としてて絶対におふくろが言ったことを忘れてそうなんだよな、この状態だと。


 俺と両親の二人は既に飯を食い終えて、それぞれ用事があるので今は俺とコイツだけが家にいる。食い終わる前に渡されたスマホで武田さんに連絡して、今日の朝食の時に起きたことを伝えると、その辺りを言及されそうになったら幾つか話しても構わないと言っていた。


 取り敢えず、あの二人から言及されたら事情の幾つかを伝えるという方向で話が終わり、暫くして今のような状況になっている。仕方ない、今回だけは器を片付けておこう。そのままにしてたら食器カピカピになるし。


 面倒ごとの一つを終えて、俺は席に座っているコイツの後ろに移動した。今日はやっておかなきゃならない事があるんでな。



「おい、いつまでボーっとしてんだ。」


「……ぁぁ?」


「放心してやがる。いいから出かける準備するぞ、さっさと身支度整えてこい。」


「どこに行くんだよ?」


「全然決まってねぇよ。この辺りを宛もなく歩き回るだけだ。」


「……気分じゃねぇ。」


「胡椒が当たり前のように売られてることに慣れろ。ここはそういうところなんだからよ。」


「いや受け入れられるかっ! ただでさえ貴重品の胡椒を、お前でも当たり前のように買える値段で売られてんだろ!? こんなの受け入れろってのが無理あるわ!」



 そういうもんなんだよ。向こう側に行ったらその感性は普通なんだろうけど、一々こんなことで驚いてたらこの先さらに疲れるぞ。



「ってか、お前コンビニでチキン食ったんだよな? 滅茶滅茶味付けされてただろ。そこで気づかねぇもんかね?」


「……おい待て、まさかあのチキンも」


「香辛料とかで味付けされてるに決まってんだろ。」


「いやああああああ!?」



 こんなんで嘆く奴、初めて見た。いや今はコイツしか居ないんだろうけど。



「マジで……マジか。あれ素材の味が旨かったとかじゃねぇのかよぉ……!?」


「いやそれは無い。」


「って、そういやお前! お前なんで胡椒が高い物ってわかってるんだ!? それが分かっててお前!」


「俺はあくまで昔、胡椒とか塩が高級品だったって事を情報として知ってるだけだ。お前の朝の反応でそうなんじゃないかって予想しただけ。」


「情報として?」


「どんぐらい前かは知らねぇがな。」



 実際どのぐらい前だったんだ? 取り敢えずスマホを出して、一回調べてみるか。……ほおん、ヨーロッパとかじゃ十二世紀頃からは大量に輸入されたせいで希少価値が減ってったのか。となると推定でもそれ以前の文明レベル、なのか?


 いやでも、向こう側の生活に魔法が組み込まれているなら、胡椒なんか使わなくても保存技術とか発展してそうなんだが。そこまで頭が回ってない事無いだろうし、使用する魔法に欠陥があるのか?



「うーん。」


「何唸ってんだよ? ってか何してんだよ?」


「自前のコイツで胡椒のことを調べてた。」



 スマホの背面を向けてひらひらと動かして見せつける。目を細めて俺の持つスマホを見たコイツは、不思議そうに言った。



「それ、あのタケダって奴から渡されたのと同じモンだよな。連絡手段でしかないのにどうやって調べるんだよ?」


「こっちは自前って言ったろ。民間で普及してるこれは、電話機能の他に検索機能やら撮影機能やら、他にも色々盛り込んでるんだよ。だから出来ることが多い。」


「ほぉん、その板切れ一枚になぁ。」


「ってか、ようやく元に戻ったなお前。ほらさっさと身支度整えてこい、この辺り案内しなきゃ俺がおふくろにどやされる。」


「それアタシ関係ねぇじゃねぇか。自分で回るから勝手にさせてもらうぜ。」


「残念だがな、そうなるとドヤされるのは俺だけじゃ無くなるぞ。」


「あっ?」


「この辺りの地理に詳しく無い、この辺りの物価にも詳しくない、この近辺の使える施設すら知らない。分からないまま外に出てトラブルでも起こしてみろ、待ってるのはおふくろの鉄拳制裁だ。」


「…………はあぁぁぁぁ、畜生。なんだってこんな目に。」


「お前が取れる選択肢は二つに一つだ。面倒ごとを起こして鉄拳制裁か、大人しく俺に案内されるかだ。」


「ったく、仕方ねぇ。」


「さっさと支度済ませろよ。」


「お前もだろうが。」



 ふぅ、取り敢えず何とかミッションはこなせそうだ。さて、俺も支度しましょうかね。

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