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第21話 新しく始まるらしい

 諸々の話し合いを終えて、こちらの負担があまり掛からない金曜の夜に送り届けると電話で伝えられて、その金曜当日の夜八時を回った頃、家の前に車が止まる音が聞こえた。ようやく来たか、しっかしまぁ……どうなるんだろうかとずっと考えてはいたけど、いざこの日が来たと分かると変な緊張しか無い。


 こう、心臓の辺りに何か変な力みたいなのが生まれてきて、それが自分の肉体を制御できなくなりつつあるって感じの。ここ一番で決めなきゃいけない時とか、結果発表を待っている時とかのあれ。あんな感じ。


 そんな俺の内心なんて誰も気にする事は無く、家のチャイムが鳴りおふくろが玄関の方まで向かって行った。俺も行くべきなのだろうかと考えていた所に、おふくろから呼ばれて玄関に向かって行くのだった。


 到着すると、おそらく三泊四日を想定した大きさのスーツケースを持つアイツと、その隣に武田さんが玄関土間に居る。しかも衣服がこの世界の物だ、流石にあの鎧姿のままだと悪目立ちするからかだろうな。


 そう考えながら俺は武田さんに向けて一礼したあと、渡したいものがあるので受け取ってほしいと言われて、俺は一台のスマホを手渡された。



「スマホ? 俺持ってますけど。」


「そちらは我々との連絡用として使ってほしい。プライベート用ではないから、幾つかの連絡手段のみにしか使えないようになっている。」


「あぁ、成程。」


「今後はそれを使って君と彼女に招集をかける。我々に聞きたいことがある場合も、そのスマホから連絡してくれ。」



 ふーん、それも良いんだ。こういうのって、大抵こっち側からはかけられないとか、そんな仕様になってそうなもんだけど。



「分かりました、そうします。」


「うむ。他に何か質問は?」


「今のところ特に……あっ、もし招集かかった場合の現場に向かう方法は?」


「その場合はこちらが可及的速やかに迎えを寄越すように動く。」


「そうですか。」


「他に何か?」


「いや、近場で発生したとかなら、個人でも現場に迎えるようにした方が良いんじゃないのかって。」


「それについては現在議論中にある。ただ君ら二人が運転できるようになるのはほぼ確定してると言っても過言ではない。」


「おぉ、それじゃバイクとか乗って現場に行けるんですか。」


「そのための訓練と、制約はつけさせてもらうがね。ただ言えるのは、バイク以外の車両を運転するかもしれないということだな。」


「バイク以外?」


「それについてはまた後日、議論が終わって確定事項になったときに伝えよう。他には?」


「いえ、もう大丈夫です。」


「そうか、ではこれで失礼する。」



 武田さんがドアハンドルを握って扉を開けて外へと出ようとしたが、急に足を止めたので何か言い忘れでもあったのだろうかと思ったところに、振り返って俺とコイツに向かって忠告した。



「二人とも、くれぐれも喧嘩はするなよ?」



 俺は視線をユーティカネンの方に向けた。向こうも俺の方に視線を移した後、武田さんの方に視線を動かして言った。



「コイツが大人しけりゃ問題ない。」



 何だコイツ。



「取り敢えず善処はします。」


「……なら、気を付けたまえよ。」



 どこか疲れたような声色でそう言ったあと、武田さんは玄関ドアを閉めた。それからすぐ、車が発進する音が聞こえて次第に遠くなっていくのを耳で捉えながら、俺は玄関土間に居るコイツに視線を向ける。するとコイツは靴を脱がずに上がろうとしてきた。



「待て待て待て!」


「あっ? どけよ、入れねぇだろうが。」


「まずは靴を脱げ、入るのはそれからだ。」



 そうだった。コイツ、そもそもの話からして日本のあれこれを知らないんだった。それに確かコイツはホテルでの生活が長かったせいで、靴を脱ぐ作法なんてものを知る余地が無かったんだわ。いやそれなら事前に教えといてくれよ武田さん。



「何で靴を脱がなきゃいけねぇんだよ?」


「そういう習慣の国なんだよ。スリッパなら用意してっから、それに履き替えろ。」


「めんどくさっ、靴ぐらい良いだろ別に。」


「じゃあ汚れた床の掃除は貴女がしてよ?」



 俺とコイツのやり取りに割って入るようにおふくろが言う。その発言した内容にコイツは臆することなく噛みついてきた。



「何でアタシがやんなきゃいけねぇんだよ?」


「ここは私たちの家よ。貴女は警察から預かってほしいと言われたけど、居候に変わりないわ。ここではこの家のルールに従ってもらわないと、家主である私たちが迷惑を被らなきゃならなくなるの。何で誰とも知らない赤の他人のために私たちが遠慮しなきゃならないわけ?」



 少しの間だけ睨み合いが続いていたが、コイツが先に視線を逸らして溜め息をついたあと、靴からスリッパに履き替えた。おろ、何かやけに素直。



「これでいいんだろ。」


「えぇ、ばっちり。それじゃあ次は――」


「まだ何かあんのかよ?」


「スーツケースのキャスター、あー……それの底部にある小さな車輪を拭くんだよ。汚れてるんだから、それを取るのはこの国じゃ基本当たり前の事だ。」


「潔癖にも程があんだろお前らさぁ! どうしようと汚くなんだろうがよ意味ねぇだろ!?」


「国は知らないけど、私たちの家じゃこれが普通よ。ほらタオル敷いたから、これの上で数回コロコロする。」


「ったく、何でこんな面倒なことを……。」



 ブツブツと文句を言いながらだが、ユーティカネンはキャスターをタオルの上に置いて数回ほど転がして汚れを取った。ひとまずそれを終えたあと、リビングに集まり、俺含めて全員着席した。



「さて、来て早々なんだけど、君にはこの家で守ってほしいことがあるんだ。」



 このような話の切り出し方から親父の話は始まった。コイツが我が家で過ごすにあたって守ってほしいルールは以下の通り。


 まず、大前提として俺との関りを増やすこと。正直それは親父の意見であっても拒否したかったが、このままの状態では任務や共同生活に支障が出かねない。特に任務の際の連携が上手くいかなければ、どのような被害が発生するか分かったものじゃない。


 連携については別に共同生活で培われるものではないのでは? と考えるだろうけど、普段からできてないことを本番でやれと言われても十全に発揮されないなんてのはよくある。だから本番になれば勝手に上手くやれる、なんてのは俺の経験から探ってみても該当するものが無い。


 だから本当に、本当に仕方なくだが……幾らかコイツと関わる必要がある。今の俺たちに必要なのは相互理解であると言ったところで、一旦話が止まった。



「取り敢えず、これはショウと……えーっと」


「ラウリ・ユーティカネン。」


「ありがとう。じゃあラウリちゃんで良いかい?」


「呼び方ぐらい好きにしろ。」


「分かった。で、話を戻すけど、これはラウリちゃんとショウの二人が基本優先的にしないといけない事だからね。まだお互いのことを殆ど何も知らないままだと、後々面倒だろう? 」


「どうだかね。この悪人面、ずっとアタシを敵対視してるし。」



 おん? 今何か言ったか?



「そうさせたのはテメェ自身のやったことが原因だろうがよ寸胴チビ。」


「……テメェ、喧嘩売ってんだな? 遠慮なく買うぞ?」


「上等だこのアマ、文句あんなら外出て」


「いい加減にしなさいッ!」


「「ゴブッ!?」」



 痛ったぁ!? ま、また脳天潰れるかと思った……! 何かコイツも頭押さえてやがるし、容赦ねぇなオイ!?



「あぁ、早々。二人が喧嘩になりそうなときはママの鉄拳制裁が来るから気を付けてね。二人とも止まらないでしょ?」


「言うのが遅ぇわジジイ!」


「うーむ、これは言葉遣いも直した方が良さそうか?」


「絶対意味ないぞコイツには。おぉ、いてて……。」


「ま、それはおいおい考えるとしよう。痛がってるついでに、ラウリちゃんに守ってほしいことを言う方が先だろうし。」



 おぉ、まだぐわんぐわんする。多少肉体的にも変な強化が入ったとはいえ、頭は痛いぞこれ。この鉄拳制裁はマズイ、下手に売り言葉に買い言葉の状況に持っていくのは止めた方が良いな。



「あぁ?」


「さっきのはあくまで大前提、警察の人も言ってたことだからね。ここからは僕らが相談して決めた内容になるよ。」



 親父の口からこの家で生活するにあたっての必要な条件が伝えられる。まず、食事中の喧嘩は無し。次に緊急時を除いて午後11時以降は騒がない。そして最後、基本この二つと大前提の条件を守ってさえいれば良いと。



「まぁとはいえ、お互いに引かずに手が出そうになったら、ママの鉄拳が飛んでくるから注意ね。」


「そこはアンタもやるんじゃねぇのかよ?」


「生憎、左腕が少し麻痺しててね。まぁママが居ない時は僕の方もどうにかするさ。」


「親父、流石にそれはやめとけって。」


「だったら、そうならないように努力をお願いするよ。」


「ウス……。」



 うん、親父だけの時はなるべく喧嘩はしないでおこう。いやおふくろが居る時もするなって話なんだけどさ。



「ん、僕からは以上だね。ママは何か言いたいことある?」


「大体パパが言ってくれたし、私からは特に言うことは無いわ。あ、でももしパパの迷惑になりそうだったら、その時はさっきのより痛くするから覚悟なさい。」


「はい!」


「声デカっ。」



 いやだって、あれより更に強い一撃喰らったりしたら、今度こそ中身飛び出そうで怖ぇんだよ。テメェも嫌だろそんなこと。



「よし、これで話も終わったことだし。みんなで自己紹介をしよっか!」


「アタシやったんだが。」


「まま、そう言わずにさ。僕は原川 たける、ここの家主だ。よろしくねラウリちゃん。」



 親父、すっと手を差し出せる度胸はスゲェよ。見習うべきか分からないけどさ、そのフットワークの軽さ。ユーティカネンの方も少し遠慮気味に握手を交わして、次におふくろの自己紹介に移った。



「私は原川 瑞希みずきよ。これからよろしくね、ラウリちゃん?」


「……おう。」



 おふくろの方でも遠慮がちに握手した。で、手が離れると二人の視線が俺の方に向けられた。



「えっ、俺もするの?」


「当たり前でしょ、改めて挨拶を交わした方が良いわよ。」



 えぇ、マジかぁ。まぁでも考えても拒否する理由は別に思いつかないし、やるかぁ。



「原川 彰。何の因果か分からないが、ひとまずよろしくとだけ言っとく。」


「ショウ?」


「良いんじゃない? ここからここから。」



 親父、マジで感謝ッ! で、最後に残ったのはコイツだけなんだが、少しの間が流れたあと溜息をついて、口が開いた。



「ラウリ・ユーティカネンだ、改めて世話になる。コイツとはよろしくしたくないが。」


「人に向かって指差すんじゃねぇよ。あと一言多いわボケ。」


「ん、それじゃあこれで話し合い終了っと。ラウリちゃん、ご飯は食べてきた?」


「コンビニにあるパスタとチキン三つ食ってきた。」


「結構食べるんだね。なら用意するのは明日の朝ご飯で良いか。」



 コイツ、この体のどこにそんな量が入るんだ? それだけ食ってそんな体型なのかお前――いやあぶねっ!



「チッ。」


「肘鉄を向けんなアホ!」


「テメェがアタシの体型について考えてそうな顔だったもんでな。」


「こわっ。前もそうだったが、その勘の鋭さはなんなんだよ?」


「はいはい、二人ともそこまで。」



 手を叩いて空気を変えた親父は、次に俺の方に視線を向けた。



「ショウ、明日予定ある?」


「いや、無いけど。」


「なら、明日はラウリちゃんを連れて周囲を案内してあげてくれる?」


「…………はぁ?」

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