第20話 選ばなきゃいけないような

 集まった視線にショウの母親は動じることもなく、自身の考えを彼女は発した。



「私は、反対よ。」



 その言葉は、彼自身の意思も、警察が下した判断をも否定するものだった。途端にショウは自分の体が冷たくなったような錯覚を覚える。ゆっくりと深呼吸をして、多少の落ち着きを取り戻しながら、母の言葉を聞いた。



「警察の人も何だかんだと言ってたけど、そのまえにショウは学生なのよ? 学校の生活に、カナデちゃんとのデート。勉強に学校のイベントに……それだけじゃないけど、とにかくショウにはショウの人生があるんだもの。危険な目にあってそんなことが出来なくなったりでもしたら、私はそんな事になってしまった全てを恨むしかなくなるわ。ショウの思いを汲んで、好きなようにしなさいと言った自分自身でさえもね。」


「おふくろ……でも俺、それでも」


「ショウ、わかってる。」



 ショウの言葉を制止した彼女の一言は、どこか諦めのような、けれどどこか認めきれないもののそれがあった。



「だから、まずは約束して。何が何でも帰って来なさい、自分の命を優先しなさい。」


「――わかった。」


「……はぁ、本当はこんなこと絶対に許可しないのだけどね。」


「普通はそういうものだよ、ママ。だからママのその感性は正しいものだ。」


「パパ……。」



 ショウは途端にこの場から離れたくなった。が、まだ父親の言葉を聞いてないので席を立つわけにもいかず、咳払いして父親の言葉を促した。



「あぁ、そうだったね。うん、僕も反対意見なのは違いないよ。さっき言ったとおりね、でもショウの目が決意に満ちた目をしていたからさ。これはどんなに言ってもショウを説得できないやってさ。」


「親父。」


「まぁ無理にでも関わらせないようにするって考えたら、海外にでも高飛びするしかないかなぁとは考えてたけど。」


「親父?」


「でも流石にショウの全てを無視して決めるのも違うしね。僕はショウのやろうとしてることを応援はしないけど、ショウは悔いが残らないように考えて動きな。こんな事しかできないけどね。」


「……ありがとう、親父。」



 ひとまずの議題はこうして幕を閉じた。が、まだ終われはしない。ショウがそのことについて言及し、またも三人を悩ませるのだから。



「そういや、アイツのことどうしよ。」


「アイツ?」


「あの赤髪のアイツ。名前はラウリ・ユーティカネンって言う。」


「あぁ、あの子。そういや家で預からせてほしいって、警察の人も言ってたわね。……でもショウ、アンタあの子と滅茶苦茶仲悪そうにしてたじゃない。罵詈雑言の応酬してたの久々に見たわ。」


「うす……。」



 ショウは背を丸めて体を縮ませる。その表情からは申し訳なさと恥ずかしさが同居しているようなそれであり、父親は少しばかり困ったような顔をして彼に同情していた。



「他にどこか預かったりとかは出来ないの?」


「出来なくはないんだろうけど、今後の連携に響くかもしれないからって警察の判断で。」


「えぇ……?」



 呆れたような声が母親の口から漏れ出た。が、それとは別に父親の口からはこのような考えがあるのではと発言する。



「もしかしたら監視の目を一か所に集めておきたいのかもね。」


「監視って……あぁ、そうか。それもそうか。」


「どういうこと?」



 母親はその意味について訊ね、ショウはその言葉の意味に気付く。当事者であるからこそ、父親の言った予想によって今更ながらに自分の立場を理解した。



「俺とあのユーティカネンは今のところ、この世で二人しか発見されてない力を使える事が出来る。でも逆に言えば対処しようのない脅威でもあるから。」


「それもあるだろうね。別々の場所で監視を置くより、一か所に集めた方が手間がかからない。他にも理由があるとは思うけど、一番はそこかも。」


「じゃあ何? ウチは体の良い収容所か何かとして扱われてるってこと?」


「誤解を恐れずに言っちゃうと、そういうことになるね。」


「はぁー!? 何それウチは体の良い収容所かっての!」


「いや、まあ武田さんは少なくとも……いや、どうなんだろ? あの人リアリストっぽかったし、この辺りの線引きとかもそんな感じかも。」



 そうして家族が話し合っている中、どこかの誰かがくしゃみをしたのはまた別の話。今はともかく、あのラウリ・ユーティカネンをどうするべきかという議題に焦点を当てなければならない。


 それに関した話し合いが終わったころには、午後三時を過ぎていることを時計は示しており、明日来ることになっている人物を待ち構える姿勢を取るようになっていたという。










 翌日。諸々の都合上、全員集まれることが出来たのは午後18:00以降になっていたが、その辺を見越してか武田さんは19:00ぐらいに来た。当然、あのクソアマも連れて来ている。


 まず最初に話したのは、俺のこと。学校生活もある手前、警察との協力で俺自身の人生に影響や支障をきたしてしまっては、たとえ強制的なものであっても警察組織への信頼性が低くなり、場合によっては国外への逃亡も謀らなければならないと親父は言ってのけた。


 案の定、その発言に対して追及する質問は出てきた。でも親父、何でか眉一つ動かしてないんだよな。本当に一般人なのか?



「あなた方の意見は理解しました。ですがそれを何故伝えたのです? 隠しておけばいいものを。」


「えぇ、本来であればこんなこと言う必要も無いんでしょう。なのでこれは、あくまでも警察職員である貴方達へ向けた信用の証とでも思っていただければ。」


「信用の証……とは?」


「今はこの子を任せられる、といった親としての信用。そしてこの子の今後の人生において、何かしらの悪影響を及ぼさないことを信じさせるための証。警察は無論、それらに対して誠意は見せてくれるのですよね?」



 どこか威圧感を含んだ笑顔を、武田さんに向けた。親父のこんな顔、なんか久々に見たな。すっげぇ悪い顔してる……俺の悪人面って、親父の遺伝とかじゃないよな? ツリ目はおふくろ似だけど、おふくろ別に悪人面じゃねぇしなぁ。で、武田さんはこちらも特に眉一つ動くことなく、淡々と答えていった。



「勿論、そのつもりです。先日申し上げた通り、彼の学校にも事実を隠しながらではありますが事情は伝えています。まだ返事は貰っていませんが、あとは時間の問題だけと報告を受け取っています。」


「彼の今後の社会生活、就職に関する支障については?」


「……失礼ながら、その辺りは門外漢のものになるかと。」


「おや、それは保証してくれないのですね。先ほど貴方達、警察を信用したばかりなのですが。それについては勝手にしてくれと? 我が子の社会生活に影響を与えて、限定された社会活動しかさせてくれないと? 困りましたね、それでは私たちに対するメリットとしては不十分に思えて仕方ありません。」



 悪い顔してんなぁ。とはいえ武田さんも公安の人間、この程度の事で心が揺れ動くってことは無いらしい。そもそも公安はあくまでも国の利益のために働くのが主目的だ、上手く立ち回らないと暴力的手段も厭わないだろうし。



「ご存じかとは思われますが、職業に関してはハローワークなどの就職支援サービスを利用していただければ、彼の今後の社会生活に支障は無いのでは? その点で我々という組織を頼るのはお門違いに思いますが。」


「語弊を恐れずに言えば、私たち二人はあくまで警察に対して自分の子どもを貸し出すのです。加えて、その使用用途は穴から出てくるバケモノへの対処。それと予想するに、他にもあるのでしょう? 今この子が持っている力に対する解析作業とか。それらに対し、学校に対して協力体制を取るというだけでは安すぎやしませんか?」


「あなた方は自分の子どもに対して商品のような見方をされるのですね。」


「お言葉ですが、警察関係者は商品を適正価格で扱う素質が無いようで。私たちはこれらが貸し出しに対する適正価格だと提示しているのですが。」



 両者の間で無言が貫かれる。俺が商品扱いされているのはともかく、何で公安の人間相手にこんな舌戦が出来るのか、親父がスゲェ怖く見えてきたんだけど。本当に一般人?



「ったく、めんどくせぇなぁ。」



 座っていたクソアマが腰に手を回したのを確認して、俺は魔力球を掌に出現させて、まずはクソアマに一つ向けた。



「動くなよクソアマ。」


「おーおーこえぇ、何のつもりだ?」


「それはこっちの台詞だ。その腰にあるの、お前の武器だろ。それに手を伸ばしているわけが、親父とおふくろを恫喝するためってんなら容赦しないぞ。」


「ただお願いするだけに決まってんだろ。そもそもこんな面倒な時間なんざ必要ねぇってのによ。」


「なら武器から手を離しやがれ。それ以上前に進むな。」


「テメェなんぞに指図される謂れはねぇ。」



 本当にコイツは……とことん理解しがたい奴だ。色々と時間が経って異世界とこっちの常識が違うってことを多少は考えられるようになったとはいえ、まだ理解も納得もいってないのは確かだ。だけどコイツの常識はマジの蛮族だ、息詰まったら力で捻じ伏せて解決する。シンプルではあるが、この世界でそれは許されない。


 それぞれの緊張感が走っているこの場の空気を最初に崩したのは、大きく溜め息をついた武田さんであった。それを機にまずは親父との間に流れていた圧は霧散していき、クソアマの顔の前に通行止めのバーのように腕を伸ばした。



「ユーティカネン少女、武器から手を離して席へ戻るように。」


「はっ?」


「いいから、そうしてくれ。」


「……チッ。」



 アイツの手が武器から離れ、机の上に現れたのを見て俺も魔力を霧散させて両手を降ろす。



「……あなたの経歴については調べていましたが、今のやり取りで本当にあの報告が正しいのか疑問に思いましたよ。」


「いやですね、正真正銘の一般人ですよ。」



 それに関しては説得力が無いぞ親父。



「分かりました。出来うる限りのサポートもこちらで整えましょう。息子さんの安全、今後の社会生活に影響は出さないように努力させていただきます。」


「いえいえこちらこそ、ありがとうございます。」



 二人してお辞儀をして一応話は纏まった。いや纏まったというより、親父の意見を押し通した形で終わったんだけどさ。



「あぁ、そうそう。そこにいる彼女のことについてもお話しなければいけないんですよね? 預かりは構いませんが、そこにかかる諸々の費用や税金の問題についてはどのようにするのです?」


「その点はご心配なく。経費で落としますので。」


「経費で落としていいものなんすか、それ?」


「緊急事態ゆえの特例と思ってくれれば良い。」



 そんな感じで良いのか? いやその辺は二人からしたら大変助かるんだろうけどもさ。まあ兎にも角にも、話し合いで明日の夜にここに連れてくる事になり、今日のところはこの辺りで終わりらしい。


 終わったついでに、出前を取って夕食を済ませた。明日から使ってない部屋をある程度片付けしなきゃならんと駄目か。骨が折れるなぁ。

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