第19話 無理もないような
翌日、武田さんは10時頃に到着していて、そこにあのクソアマもこの家に来ていた。俺はというと自分の部屋で待機するか、外に出る予定でも作ろうかと思っていた昨日、武田さんからの連絡で参加してほしいと伝えられたため、バックレることはできなかった。
そんなわけで、俺は今自宅のリビングに家族共々ここにいる。二人には飲み物が出されているが、ユーティカネンの方が麦茶を見てこれ何なのか分かっていない様子だった。麦茶がそんなに珍しいか? と思い検索してみると、麦茶の類似品でヒポクラテスの煎じ薬というのがあったが、麦茶自体は平安期の日本にいた貴族が飲んでたらしい。じゃあ麦茶って日本特有のヤツなのか?
「これ、なんだ?」
「麦茶といって大麦を使った飲料だ。そちらの世界では聞いたことが無いか?」
「全然。……匂いは確かに麦のそれっぽくはあるが、麦を使った飲み物ねぇ。」
ユーティカネンはコップを持ち、縁に口をつけて一口飲んだ。味わうことなく飲んだソイツは何というか、虚空を見つめたまま眉一つ動かさなくなった。
「変な味。」
「なら慣れておいた方がいい。この国では二十になるまで酒は飲めないからな。」
「はっ!?」
「未成年飲酒禁止法で君を検挙せねばならないのだけは避けてくれよ?」
「うっそだろ……!?」
あからさまに項垂れてら、ウケる。そこまでして酒が飲みたいのかコイツ……そういやコイツの世界の成人年齢って幾つからだ? 少なくともさっきの反応で二十歳より下ってのは分かったけど。
とまぁ、俺の考えはともかく。武田さんが親父とおふくろに今日来た訳を話す。色々な事情は伏せているが、今話題になっている穴とバケモノは実際に起きた出来事だということ。これからも現れるだろうそれらの対処に、俺とユーティカネンが必要になっていること。
そしてユーティカネンをこの家に置いてほしいということを伝えた。俺とコイツの今の関係性も含めて。言い終わると、まだよく呑み込めてないのか無言のままであった。この反応は普通だ、誰だってこうなるのは確実だと思う。
暫くしてようやく、おふくろが武田さんに尋ねた。とはいっても、さっきの内容について聞くというよりも、どこか現実味のない武田さんの発言に対しての質問だった。
「あの、何かの勘違いということは?」
「そうであれば、我々も動かなくて済むのですがね。」
「いやでも、ウチの子が……ねぇ?」
おふくろが親父の方を覗いて訝しげに聞いてきた。親父の方は何も言わずただ黙って何かを考えているが、その懐疑的な姿勢に追い打ちをかけるように、武田さんが俺とユーティカネンに魔力を見せるように言ってきたので、ひとまず集中状態に入る。
あの時、コイツの言っていたことを思い出しながら、無垢なる魔力と称される白い魔力を練ってみる。あの時よりか僅かにだけスムーズに魔力を出せることに成功し、これを見ているであろう二人の反応を確認する。案の定二人して驚いているし、ユーティカネンの出している魔力産の火が――
「オラアッ!」
「ぶっ!?」
水の属性に変化させた魔力の塊を投げつける。あぶねぇ、危うく火災報知器がなるところだった。ユーティカネンは魔力産の水を掛けられて上半身が水浸しとなり、体を左右に振るわせたあと俺に飛び掛かった。
「何してんだテメェ!?」
飛び掛かってきたクソアマの軌道を、体を逸らして避けて対峙する。掴みかかってくるコイツの手を抑え込み、拮抗状態を作って被害が広がらないようにした。
「火を人ん家で出すな! 火災報知器が鳴るかもしれねぇだろうが!」
「んなもん知るかクソ野郎! 大体、ぶつける前に言えば良いだろうがよ!」
「テメェにそれを言う前に火災報知器が鳴ったらこっちが面倒なことになるんだよクソアマ! 大人しく魔力見せるだけで良かっただろうが!」
「実際に魔法を見せりゃ否が応でも信じるだろうがマヌケ!」
こんのッ、馬鹿力めぇ……! いや俺も今そうなってるんだけどさ、地味にこっちが押されかけてる! 一応向こうの肉体の動きに合わせて姿勢とか力の加え方とか諸々計算してんのに、どんだけタフなんだよコイツは!? やべぇ、どんどん押されかかってる! このままだとマズ――
「いい加減に、しなさいッ!」
「ゴッ!?」
きゅ、急におふくろに拳骨くらったんだけど。しかも結構本気で殴りやがった! い、痛ぇ。咄嗟に手を離しちまった。って、このままだとコイツに!
「もらったァッ!」
「貴女も、よッ!」
「ウボバッ!?」
「オボッ!?」
お、俺にも被害が来てるんですけど。殴られて落ちた勢いで、俺の腹にいきおいよくコイツの頭が落ちてきたんですけど。すっげぇ頭と腹がいてぇんですけど。
「お゛、お゛……な、何しやがるんだババ」
「アンタたち! 話し合いだってのに二人して勝手に喧嘩をするんじゃないよ! ショウ、アンタは手を出す前に言葉からって言ってるでしょうが! さっきので武田さんが巻き添えくらったのよ!?」
「ゑっ。」
痛む頭と腹を押さえながら武田さんの方を見ると、水しぶきがかかって体の右側が水浸しになっている武田さんがその目で確認できた。血の気がサッと引いたところに、またおふくろの怒号が響く。
「そこの貴女!」
「何だよ、クソバ」
「家の中で火はどうやったって擁護できないわよ! さっきのがうっかり燃え移って火事になったら責任取れるの!? 人の迷惑になりそうな事は無暗にするものじゃない! 分かってるの!?」
「んぐっ。」
やーいやーい、正論突かれて黙ってやーんの。いい気味だわ、ざまあみろ。
「はいアンタたち、立つ!」
「ウッス! おらどけっ!」
「ぶへっ。」
俺は上に乗っているコイツを退かし、痛む体で何とか立ち上がる。コイツも頭を押さえながらゆっくりと立ち上がり、おふくろを睨みつけるが、気にせず俺たちを叱るので無意味なことになった。
「ショウ!」
「はい!」
「迷惑をかけたらまずは!?」
「迷惑をかけてしまった人に謝罪! 武田さん、この度は大変申し訳ありませんでしたっ!」
「勢いが凄い。」
いやだって、おふくろ怖ぇもの。だって空手黒帯六段よこの人? 下手に歯向かったらこっちが殺されかねないし、何よりさっき言ってたこと全部正論だし感情的な反論なんて通用しないから、今回の事で口答えする意味がないんだけど。
「まぁ、今回に関しては私の落ち度もある。気にしないでくれ。」
「ありがとうございます!」
スゲェ大人、大人の寛容さを感じる……。
「ショウ、次やることは?」
「タオルとぞうきん持ってきます!」
「はいはい、持ってきたよ。」
「あなた……別に持ってくる必要は無いでしょ。甘やかさないの。」
「子どもの責任は親の責任っていうでしょ。ほらショウ、先に床拭いて。」
お、親父ぃ! ありがとう親父ぃ! 親父からぞうきんを受け取って、水浸しの床を拭き始める。親父は普段の様子を崩さずに、武田さんにタオルを渡して対応していた。そしてあのユーティカネンはというと、おふくろの圧に負けないように歯向かっていた。
「貴女も、少なくともこの話し合いを邪魔したのに変わりないわよ。どうすべきか分かってるわよね?」
「ハッ、何でアタシが? アタシは被害者だぞ!」
「ショウが水を掛けたのは、貴女がここで火を出したからよ。何度も言わせないでちょうだい。確かに何も言わず、すぐに行動に移したのには叱らなきゃいけないけど、咄嗟の判断としては間違ってなかったと思うわよ。貴女だけが被害者面ってのも違うと思うのだけれど?」
「だからって、何で赤の他人に言われなきゃなんねぇんだよッ!? アンタ別にアタシの肉親でもなんでもねぇだろ!」
「親類縁者であろうと無かろうと、引き起こした物事について責任を問われるのは普通の事よ。それに赤の他人がって言うなら、私の家は危うく赤の他人の貴女が出した火で騒動になるところだったわよ。それについてはどう責任取ってくれるのかしら?」
「燃やす気なんざサラサラねぇっての!」
「火災報知器が鳴ってしまう恐れがあるからだ、ユーティカネン少女。」
よし、これで水気は大分取れたぞ。あとは片付けをして戻って報告してと。
「かさいほうちきぃ?」
「煙、または一定の温度を感知すると作動する警報装置だ。おそらくこの家では熱感知式を採用しているのだろう。君にその知識を伝えておくのを失念していた、すまない。」
「教えてもらっても忘れそうですけど。」
「なんだと悪人面!?」
「うっせぇわドチビ! テメェは色々信用できねぇんだよ!」
「いい加減にしなさいっての二人とも!」
「……はぁ。」
結局このこともあって、また明日に話をすることになった。一応、俺の学校の方は既に武田さんの部下の二人が手を回してるらしい。そして色々と騒ぎがあったので、緊急で家族会議が開かれることになった。
午後二時。長針が10分を指している頃に、原川家にはショウへの視線が二人分向けられていた。彼の両親には色々と聞きたいことがあるのだが、どれから話せば良いのか分からず考え込み、彼の父親が最初に訊ねた。
「ショウ、確か前に警察の人と話すことがあったよね。」
「そう。」
「それは今日の事に関係する内容だったの?」
ショウは首肯する。その反応に小さく唸った父親であったが、続けて彼に質問を投げかけた。
「あの時見せてきた、火とか水を出してたやつ。あれはなに?」
「あーっと……詳しい事は多分、言えない、かも。そもそも俺とアイツが持ってるのは、その――この世界にないものだし。下手に情報が広まるのは避けたいというか。」
「そっか、言えないか。」
「ごめん。秘匿しなきゃいけないものが多いところで、手伝わなきゃならなくなったから。」
「それって、強制なの?」
「強制、というより今は俺とあの赤髪でしか対処できない。」
「何で?」
「さっきの火とか水を生み出したものを使わないといけない場合がやってくる。あの赤髪も今は使えないものがあるから、必ず行かなきゃいけない。じゃないと、人が死ぬ。」
「……そっか。」
父親は大きく息をつき、両手を組んだあと両親指で自身の頬を挟み机に肘をつけた。最後の一言にショウの中にある決意に似たそれを、重ねて見ていた。組んでいた手を解き、机に置いてから口が開かれる。
「父さんと母さんはさ、ショウに危ない事をしてほしくないって思いはあるんだよね。だって大切な子どもだもの。」
ショウは何も言わずに、数回ほど小さく首を縦に振った。
「それにこれが強制的にやらなくちゃならないって事にさ、歯痒いって思えるんだ。でも、ショウはもう覚悟してるんだよね?」
「そのつもり。」
「……なら、僕の言いたいことは決まった。それを言う前に、まずはママの言葉を聞いてほしい。」
視線がショウの母親に集まった。
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