第18話 理解できないような

「公安……公安!?」



 えっ、うっそぉ!? ここにいる人全員公安の人間なの!? はぁぁぁぁ、マジか。あぁでも、よくよく考えてみればそうか。こんなの普通の組織が担っていい案件じゃないもんな。とはいえ最初に言ってほしかったと思ってたり。



「言ってなかったか?」


「言ってませんね、警部。」


「そうだったか。」



 軽い、なんかあの二人だけ空気が軽い。公安だって伝えてなかったことに対してなんか軽い。特に取り留めておく事でもないんだろうって判断なんだろうけど、それにしても軽い。それはそれとしてなんだけど――



「あの、一つ聞いても?」


「何だ?」


「皆さんが所属してる公安、の部署? ですよね、そこってどういった事をされているのか気になって。教えていただいても?」


「ふむ、まぁそれぐらいなら。」



 で、話によると武田さんたちが所属している外事第一課第4係は、基本ロシアや東ヨーロッパの工作活動とか戦略物資の不正輸出を捜査対象にしたり、犯罪経歴証明書の発行とかを担当したりするらしい。今回は事態が事態なので、どこの国による侵略行為なのか調査するために他の課もてんやわんやになっているとのこと。


 実際は異世界からの侵略行為だけれども、この世界に招いたのが誰、もしくはどこの国なのか分かるまで調べていく方針らしい。大変だなぁ、他人事じゃないんだけどさ。



「教えていただいてありがとうございます。」


「おい、アタシには礼の一つもねぇのかよ。」


「うっせぇわチビ。」


「あ゛ぁ!?」


「はい二人とも、そこまでですよ。」



 本居さんが手を叩いてその場の空気を支配した。武田さんの顔に影が差しこんでいる気がするので、俺は隣にいるクソアマを無視する。



「話は先程もした通り、あなたたち二人は今後別世界からの脅威に対抗するために我々と行動しなければなりません。必然的に2人揃っての任務が続いていきます。仲良くしてとは言いませんが、罵り合いは今後控えていただきたいです。」



 数舜ほど考えてから、隣に座るコイツに視線を移す。……正直コイツと罵り合うのを控えろってのは、難しい。俺はコイツのやったことや、それに反省しない態度を見て腹が立って仕方ない。今この場に一緒に居るだけで苛立ってくるのに、任務をするから控えろってのは、頭で理解はしても心が納得してくれない。


 それは多分、向こうも同じだろう。絶対に相容れないのを分かったうえで行動しろだなんて言われても、この関係性が続く以上絶対に起こりえないことだ。



「ハッ、そりゃ無理だ。コイツが意地張ってっからな。」


「ラウリさん。」


「あぁそうだ、お前の言う通り俺は意地張ってて、罵り合いを控えるだなんてこと無理だ。」


「あっ?」


「原川君?」



 俺は席を立っていた。一刻も早くこの場から立ち去りたいからなのか、このクソアマへの怒りで上手く制御が出来なくなっているのかは分からない。



「コイツが自分でやった、罪のない人の人生を潰したことを償う時が来るまで、俺は絶対こんなクソアマと仲良くなりたく無いし、コイツの逆鱗を踏み続けますよ。」


「ハッ、ねちっこい野郎だことで。」


「なんとでも言ってろ。見えもしない奴の声は無視するに限る。」


「……あっ?」



 座っているクソアマの意味が分かっていない声のあと、少しの間だけ静かな時間が流れたかと思うと、何かに気付いたらしいソイツはテーブルの上に乗り、俺の視界内に入ってきた。



「誰がチビだとゴラァ!?」


「誰もテメェの身体的特徴について言ってねぇだろうがよ!」


「暗にそう言ってただろうがよ、えぇ!?」


「随分と思い込みが激しいようで! 何か心当たりでも!?」


「皆様、サングラスと耳栓をご用意ください。」



 本居さんが何か言ったようで、俺はそちらを見やる。手には何やら円筒状の物にピンが付いた物体を握っているようで、既に本居さんはサングラスと耳栓を付けていた。というかあの物体、それにさっきの発言から推測するとあれは……!



「ちょっ!? 何でスタングレネード持ってるんですか!?」


「おや、よくご存じで。それは勿論、脱線した話を元に戻すためですよ。」



 周りにいる人を見れば本居さんと同じようにサングラスと耳栓を付けてスタンバっているようで、本気であれを使うつもりなのだと身構える。だが彼女は普段と変わらないような声色と表情で淡々と発言した。



「ひとまず、あなた方が仲良く出来ないことについてはよく理解しました。原川君が彼女によって引き起こされた悲劇に怒りを覚えるのも無理はないでしょう。ですが今は緊急事態の真っ只中、軽率な行動は控えて頂きたいです。あなた方のくだらないいさかいで犠牲になる方々の気持ちも考えて。」


「んぐっ……。」


「ラウリさん、現在貴女の身柄はこちらで預かっていることをお忘れなく。その気になれば私たちとて利用価値のある貴女に肉体的、精神的苦痛を与えて従わせる。或いは処分することが可能です。」


「処分だぁ? 本気で言ってんのかテメェ?」


「たとえ有用性があったところで、被害を考慮しない貴女を野放しにした場合の損害が大きければ、そのような判断を下すことも可能です。加えて貴女はこの国で犯罪を犯し、然るべき法に処されなければならない立場であることをお忘れなく。そも公安部は日本の国益を守ることを最優先としています。貴女がこの国に混乱をもたらしかねないのであれば、その時は――」



 そこまで言って、本居さんは発言を止めた。変人として見ていたが、この人も公安警察なんだ。下手に敵を作るようなことをしたとすれば、相応の対処をここにいる誰もがするのだと想像して、心臓が冷たくなっていくような感覚を覚えた。


 俺はゆっくりと席に座り、ユーティカネンも机から降りて俺と距離を開けて座った。数秒ほど経過して、周囲にいる公安警察の面々はサングラスと耳栓を外していく。今もまだこのクソアマと連携を取るだなんてこと無理だが、今ここで無用な敵を作るのは最善ではないことは確かだ。


 だとしても俺はこの隣にいる奴のことを許しはしないし、許す気もない。お互いこのまま、そう思っていたところで武田さんが咳払いをしたあと口を開いた。



「君らの中の悪さは今のも含めて十分に承知している。だがこのまま協力体制が整わないとなれば、任務にも支障が出かねない。そこで予め伝えておくが、今後ユーティカネン少女は原川少年の自宅で待機してもらうことなった。」



 …………へっ?



「…………はっ?」


「「はああああああああ!?」」


「いやなんの冗談なんですか武田さん!? こんな蛮族チビゴリラ絶対に無理ですって! 大体さっきの見てたでしょ貴方も! 確実にヤバいことが起きるの確定じゃないですか!」


「うっせぇぞ日に二、三人殺してそうな悪人面ァ! アタシだって嫌だわ面白くない冗談言ってんじゃねぇぞテメェ! あとゴリラってなんだ!?」


「理由は話すが、まずは落ち着いて聞く姿勢を取ってほしい。出来ないのならば」



 武田さんの視線が本居さんの方に向けられた。この人スタングレネード持ってるから、下手に何かしようものなら強制的に俺の人生が終わりそうな予感がする! 隣にいるコイツもそう感じたのか、席に戻って話を聞くことに専念した。



「よろしい。では理由についてだが、一つは彼女に掛けられる資金の問題だ。ユーティカネン少女は今ホテルで暮らしているが、そこで宿泊費の問題が出てくる。今回の事態が仮に一年以上続いた場合、その宿泊費の額は無視できなくなった結果だ。」


「金銭的事情は分かりましたけど、だからってなんで俺ん家なんですか? 他にそう、コイツと同姓の方の家にでも行けば。」


「一度はそれで良いと考えはした。が、それでは必然的に君らが共に行動する時間が減少する。そうなった場合、協力体制を整えるという点ではあまり好ましくない。荒療治にはなるが、こうするほか無いんだ。諦めてくれ。」



 俺はソファの背もたれに倒れて、口を僅かに開けた状態で放心した。これからこんな奴と暮らさなきゃならなくなったことに、どうしても頭が受け付けない。いやこんなこと受け入れたくないんだけどさ。



「明日、原川少年の家に行って親御さんと話をする。こちらの方で事前に用件は伝えておくから、君は帰宅すると良い。三上、送迎を頼んだ。」


「了解です。」


「では原川少年、また明日。」


「…………うす。」



 いきなり色んなことが起きるのは、最初で慣れは出来たはずだと思ってたんだけどなぁ。まさかこんな事になるなんて、夢なら覚めてほしい。現実味が無いまま俺は三上さんの後をついていき、彼の車に乗って自宅まで送ってもらうことに。そして帰り道の道中、三上さんが俺に話しかけてきた。



「色々とびっくりさせちゃってごめんね。とはいえ決まったことだから、聞いてもらわなきゃいけないんだけど。」


「はぁ……。」


「そういやさ、君なんでそこまで彼女のこと毛嫌いするの?」


「それは、あのサイクロプスもどきを倒した後に、なんの罪もない警官の人生を奪ったんですから。」


「なるほど。他には?」


「他にって、それ以外に何かあるとでも言うんですか?」


「いやいや、あるでしょ普通はさ。」



 あっけらかんと言ってのけた三上さんの言葉に、少しの間考えがまとまらずにいたが、そんな事お構いなしに彼は話し続ける。



「話は少し逸れるけど、罪ってのは突発的に起こりうる場合ってのが少なくてね。大体は何かしらの要因の積み重ねに耐え切れなくなって起こるのさ。要は自分の過去に何かしらあった事が関係してくるの、人が人に怒りを覚えるってこともね。

 要は君――昔あった事とあの子の行動を照らし合わせているから、そこまで嫌ってるんじゃないの?」



 そこまで言われて咄嗟に否定しようとしたが、不意に昔起きたことを思い出した。まだ俺が小さかったころ、どうしようもなくバカだった時が頭の中を過って、暫く思考がそれに支配された。気が付けば家の近くにまで移動していて、俺と三上さんの間で言葉を交わすことは無かった。


 やがて家の前に車が停止して、俺は助手席を降りて運転席にいる三上さんのもとに向かった。



「ありがとう、ございます。」


「良いの良いの。じゃあおやすみ。」


「おやすみなさい。」



 三上さんの車が発進し、見えなくなったところで俺は自分の家を見上げる。これから一体、どうなるのか分からなくなって、なぜか家に入るのを躊躇う自分が居た。

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