第17話 同じもののような

 ────ん、んん……寝心地悪っ。ここは、どこだ? ってか、この展開前も見たんだけど。この天井は、いやホントにどこ?



「失礼しまーす。おっ、起きてんじゃん。」



 誰の声だ? 聞いたこと無い声だし、記憶を探してみても該当するような顔が思い足らない。重い頭と体を起こして、声の主がいる方向を見た。半々で分けられたロン毛に、健康的な顔色。優男という印象を受けるその人は、どことなく軽薄そうな、でも単にそれだけで終わるような感じではない印象を持つ。


 掴みどころのない人物、というのが第一印象だ。いや流石に本居さんには負けてるけども。いやあの人には負けててもいい。ともかく、今訊ねられそうな人はこの人ぐらいしか居なさそうだし、聞いてみるか。



「あの、ここは?」


「ここ? 仮眠室だよ、警視庁内の。」


「あ、ここ警視庁なんだ。」


「そうだよぉ。」



 ってことはここに武田さんたちが居るのか。……そういや今何時だ!?



「す、すいません今何時で」


「まままま落ち着いて。大丈夫、親御さんにも連絡してるから安心しな。あと今は夜の八時だ。」


「あ、どうも。ありがとうございます。」



 そのあたりはまぁ、一安心ってところか。何の連絡もなく遅くまで待たせるのはマズいし。



「あー、起きて早々あれなんだけど、すぐにオレについてきてくれる? 武田警部が起きたらつれて来いってさ。」


「はぁ、わかりました。」



 取り敢えず体は、特に何事もなく動かせるみたいだ。魔力の使い過ぎで倒れたけど……いやそれより俺が何で魔法を、いやあれは魔力放出だったか。なんで俺は魔力放出なんて使えたんだ? そもそも、俺の体に何で魔力があったんだ? それに何時からこんな――



「原川君、大丈夫?」


「へっ? いや、大丈夫です。あぁ、考え事をしてただけですから。体力とか肉体に異常はないです。」


「そう? それなら良いんだけど、じゃ行こっか。」


「はい。あ、あなたのお名前はなんと呼べば?」


「オレ? オレは三上みかみ 信一しんいち原川君。」



 ……んん? 何かさっき変なことを言ったような気がする。何だこの違和感、まあそれは一旦置いておくとするか。この違和感の正体が何なのかより、今は武田さんのもとに行こう。


 三上さんの案内で俺は仮眠室から廊下へと出る。ただエレベーターに乗らなかったので、ここが15階だと予想がつく。そしてある一室のドアを開けてもらい、中へと入ると見慣れた慌ただしさと室内が目に入った。そして俺はまた会議室に案内されると、武田さんと本居さんのほかに、あのユーティカネンと誰か知らない女性が一人いた。


 女性はショートカットのボブヘアに垂れ目、小顔で鼻や口も小さく肌は色白で身長は先に座ってるアイツより5cmほど高い。



「来たな。目覚めたばかりですまないが、かけてくれ。」



 すっと手を長ソファの方に差し出して、武田さんは着席を促す。あのユーティカネンの隣に座ることになるが、仕方ないと割り切ろう。今はこんな奴と口喧嘩やら何やらをする気は無いし。


 俺が座ったのを確認すると室内に入っていた三上さんが扉を閉め、環境が区切られる。この場にいるのは俺を含めて6人となり、その中で武田さんが話の始まりを担った。



「では、話を始めるとしよう。まずは、原川少年が持っている魔力とやらについてだ。」










 そのように切り出されたところで、ショウの頭の中は自身に起きている異変が思い当たった。その予想通り、武田は彼の中にある魔力と呼ばれる力について最初に話題を切り出してきた。



「彼の中にある魔力についてだが、ある事実にそこのユーティカネン少女が気付いた。それについての説明を頼みたい。」


「俺の魔力?」


「お前のじゃねぇ。」



 ショウの隣に座る彼女が不機嫌そうにそう言って、次に彼の方に顔を向けて彼の体の中にある魔力についての説明をし始める。



「お前の中にある魔力、ソイツは無垢なる魔力ってモンだ。そして本来、アタシだけしか持ってなかった、唯一無二の力でもある。」


「……何でそんなことがわかるんだよ?」



 なぜにそのような顔をされなければならないのか、とユーティカネンの表情を見てショウの顔が僅かにしかめっ面に変化していった。彼の疑問について、彼女は言葉を続ける。



「今のアタシは光、火、雷、りょくの4つの魔力属性しか変化できなくなっている。」


「その前に魔力属性とやらについて教えろや。さもこれぐらい常識ですよって体で話されても訳が分からねぇわ。」


「チッ、うぜぇ。」


「あっ?」


「あぁっ?」


「はーい落ち着いてねー原川君。クールダウン、クールダウン。」


「ラウリちゃん、ストップストップ。今は喧嘩してる場合じゃないよ。」



 あわや一触即発という雰囲気だったものの、三上と一人の女性が二人を仲裁し結果として一先ずの鎮静化にはなった。それでもやはりこの二人の仲は一向に悪い方向にしか進んでいない。そんな二人の様子に武田が割って入る。



「ユーティカネン少女、我々は君のいた世界とは異なり魔法や魔力といったものに関しては稚児も同然なのだ。その辺りを理解して、我々に教授を願いたいのだが。よろしいか?」


「コイツはともかく、アンタらは大体知ってるだろ。今更話すのは面倒なんだが。」


「知識の擦り合わせというのは必要だ。改めて知識を共有することで、間違った理解を是正する事が出来る。面倒というのなら、間違った理解を持ったままやもしれない私が彼に伝えても良いが。」


「…………チッ、わぁーったよ。でもアタシにも知らねぇところはあっから、知ってる事だけだ。」


「構わない、それで頼む。」



 多少落ち着いたユーティカネンは彼から視線を逸らし、この場にいる全員に向けて自身の持つ魔力についての知識を伝え始めた。



「アタシの世界では魔力の属性が八つある。順に火、水、土、風、雷、りょく、光、闇ってふうにな。ただアタシの持つ魔力はこの属性を持たない、伝説に語られる無垢なる魔力ってモンだ。コイツはどの属性にも染まらず、どんな属性にも変化できる特別な魔力だ。」


「緑?」



 ショウの疑問に彼女は溜め息をつくが、その疑問に対し嫌々ながら答えた。



「生命に深く関わってる魔力のことをりょく属性魔力っていうんだよ。コイツは主に回復魔法を構成する属性として知られている。」


「ほぉーん。」


「話を戻すぞ。言ったように無垢なる魔力はどんな属性にも変化する性質を有する。だが、今のアタシが変化できる魔力属性が火、雷、緑、光しか使えなくなってる。何でなのか分からなかったが、今回のことでその疑問が解けた。」



 再度、彼女の視線はショウの方に向けられる。先ほどとは違い不機嫌さは落ち着いているが、疑念を含んでいるそれを彼は見た。



「コイツに、本来アタシしか持っていない無垢なる魔力があったことでな。おまけにアタシが使えない水属性の魔法が使えてやがる。どういうわけか知らねぇが、この悪人面にアタシから離れた力の半分が行き渡っちまってるんだよ。」


「あぁ!?」


「はーい落ち着いてねー。」


「どうどうどうっ?! 力つよっ!」


「原川少年、今は落ち着いてくれ。話がこれ以上進まなくなるのは勘弁してほしい。」



 少々懇願じみた声色で武田はそのように言った。この二人の最悪の仲を止められるのか怪しくなってきているが、十数秒ほど時間はかかったものの疲弊した様子を見せる武田をしばし見て、ショウも落ち着きを取り戻した。どちらかといえば、彼の持つ罪悪感と同情がない交ぜになった結果ともいえるが。


 落ち着いたところを確認すると、何とか踏ん張って耐えていた三上と女性は安堵した。そんな二人の苦労はいざ知らず、ユーティカネンは話を進めていく。



「正直なんでコイツにアタシの持つ魔力、それも無垢なる魔力が行き渡ったのかさっぱりだが、もしかしたらと思うところはあった。アンクルス・マグモと戦った時もやけに武器の威力が落ちてんなと思ってたが、そうじゃなかった。コイツに魔力どころか、アタシの持ってる身体能力の半分が渡っていたのだとしたら、アタシの弱体化にも説明がつく。」


「ア、ン……?」


「以前戦った一つ目の巨人のことだ、原川少年。」


「あぁ、あのサイクロプスもどき。」


「ともかく、アタシの持っていた無垢なる魔力と変化先の属性、そしてアタシの力までもがコイツに行き渡ってやがる。コイツの状況は今、そんなところだろうよ。」



 彼の肉体に訪れた変化に一つの答えが導かれた。しかし、そうだとすれば疑問が新たに生まれるのも必然で、それについて言葉にしたのはショウ自身であった。



「じゃあ、何で俺にお前の魔力やら力が行き渡ったんだ?」


「アタシが知るかっての。」


「それについては今後の調査も兼ねて進めていけばいい。大事なのは、そうなっているという現状の理解だ。……さて、次の話題に移ろう。」


「次?」


「君らの今後についてだ。」



 そのように言って、武田の表情がいつもの落ち着いたものに変わった。若干ダウナー気味に見えるのは気のせいとショウは思いきれずにいた。



「前にも言ったが、現在我々警察はこの穴とバケモノの出現を侵略行為として認識している。秘匿性もへったくれも無い状況下では、闇雲に隠すより現地警察との協力を行わなければ事態の収拾はつかないと判断した結果、君らには別世界からの侵略行為への対策措置として動いてもらいたい。」


「対策措置……ってまさか、ここに居る人たちって。」


「察しが良くて助かる。今回ここに居ない人物も居るが、少なくとも今はこの場に居る全員が、別世界からの脅威に対抗する中心メンバーとなる。三上、本条ほんじょう、自己紹介を。」


「はっ。」

「はっ。」



 二人の男女、ショウが先ほど会った三上信一と、本条と呼ばれた女性は姿勢を正して、彼の方に体を向ける。



「じゃあ改めまして。オレは三上信一、刑事です。これからお互いに協力する機会があるから、よろしくな。」


「……あぁ、だからあの時。」


「ん?」


「いえ、こちらの話です。改めてよろしくお願いします、三上さん。」



 お互い握手を交わし終えると、次に本条と呼ばれた女性が話していく。



「はじめまして、本条ほんじょう 由紀子ゆきこと言います。君のことは本居さんから聞いてますので、どうか気楽に。」


「はぁ、本居さんから。あ、こちらこそよろしくお願いします。」



 本居の名前を聞いて少々顔をしかめはしたが、ショウは差し出された手を握った。自己紹介を終えたところで武田は彼を座るように誘導し、改めて対峙する。



「別件で今ここには居ないが、あと二人対策メンバーが居る。そして君らはその中核として動いてもらう。我々、警視庁公安部外事第一課第4係とともに。」

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