第40話 ゆらゆら

 ※


 電車に揺られる。


 ガタンゴトンと心地の良いリズムが響く車内で、リズムに合わせるようにぼくたちは身体を揺らす。車窓からは見慣れた景色が流れていく。ゆっくりとゆっくりとぼくたちの町へ戻ろうとしていることを実感する。


 最近、背伸びをしなくても一番高い位置にある手すりに届く様になった。それでも腕をいっぱいに伸ばさないといけない。ぼくの第二次成長期は確実に訪れようとしている。つばきはどうだろうか。もしかしたら、依然として届かないのかもしれない。


 ゆらゆらと揺れる手すりを見上げながらそんなことを考える。電車のいたるところに貼られた広告は個人経営の病院、大手学習塾、地方銀行の住宅ローンと変わり映えがしない。それだけ、この場所が閉鎖的で首都圏や外資からの流入がないことを表している気がする。それとも、しがない市営電鉄の車内に広告を打つのが、地元に根強い企業だけなのかもしれない。


 それだけ、この場所での広告は効果が薄いように感じられる。休日だというのにぼくたちの街を繋ぐ市営電鉄には空席が目立つ。車社会の為、通勤や通学以外の使用用途でこの路線を使う人は自動車免許を返納した老体かぼくたちのような学生だけだ。

 

 電車内に漂う、古い毛布のような形容し難い独特な臭いがぼは嫌いだ。ただ、電車に揺られるだけで手持ち無沙汰なこの時間が嫌いだ。ぼくは電車はあまり好きではない。好んで乗るようなことはしない。きっと、自動車の免許を取れば乗ることがなくなるだろう。都会に出なければの話だが。


 それでも、このひと時さえも愛おしく思える。今日だけは電車が好きだと言っても構わないだろうか。


「この電車の終着駅に行ったことがある?」


 移ろい往く景色を眺めている時に、不意につばきが尋ねて来る。

 

 この電車は県内で最も栄えている県庁所在地から、四つの市町を横断して有名な温泉街まで繋がっており、何本かの電車が行ったり来たりを繰り返している。ぼくは県庁所在地である終着駅は幾度か行ったことがある。だが、温泉街には行ったことがない。有名な宿場や温泉はテレビの特集で見たことがあるが、それ以外はどんな場所なのかもよくは知らない。


「市の方はあるけど、温泉街は行ったことがないな」


 ぼくは答える。地元とはいえ、多くの者が同様の答えをする気がする。


「みんなそう答えるよね」


 と、つばきは小さく笑う。その笑みは楽しくて笑っている訳ではなく、なにかを含んだような乾いた笑いだった。


「つばきは?」


「わたしは両方とも行ったことがあるの」


 その答えは少しだけ意外だった。どうしてそう思ったのかはわからない。でも、出会ってからつばきに抱いている印象は、どこにも行ったことがない囚われのお姫様のような心象である。


「へえ? 旅行?」


「そう……それが最初で最後の家族旅行」


 ぼくは答えに困る。


 そして、納得する。ぼくがつばきに囚われのお姫様のような印象を抱いていたのは、つばきから家族のにおいがしない。家族との話やエピソードを聞いたことがない。唯一知っているのはひとりっ子ということだけである。


「その旅行は楽しかったの?」


「……どうだろう。小さい時だったから覚えいていない」


 つばきは少し間をおいてから寂し気に呟く。

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