Fair Wind
香久山 ゆみ
Fair Wind
「きゃっ」
前を歩く陽菜子が、小さな悲鳴を上げる。
「あんた、見たでしょ?」
「見てねえよ、ブース」
突然の風で乱れたスカートの裾を整えながら、陽菜子が大きな目でオレを睨みつける。だからオレも、思いっきり眉間にシワを寄せて睨み返してやる。見てねえよ、残念ながら。
「ぷっ、あはははは」
オレが一生懸命睨みつけていると、突然陽菜子が笑い出す。
「やだもう、口尖がらしてさ、ひょっとこみたーい」
そう言って、いつまでもけたけた笑っている。真っ赤な夕日が彼女の華奢なシルエットを染める。ついこの間まで咲いていた桜は、もう跡形もない。中学校に入って最初の春が終わる。部活動だって、そろそろ決めなきゃならない。オレらの日常は、誰にも気づかれないように、そっとそっと変わっていく。幼馴染の彼女とこうして一緒に帰るのも、いつまで続くだろうか。オレはそっと歩みを進めて、苦しそうに笑い続ける彼女の隣に追いつく。
「ほら、もう帰んぞ」
陽菜子の肩を叩く。さりげなくしたつもりだけれど、オレの心臓はバクバクで、彼女の肩に触れた手から何かが伝わってしまうんじゃないかととても緊張した。強く叩きすぎただろうか、それとも弱すぎた?
「はーい」
オレの思いとは裏腹に彼女は軽い足取りで歩いていく。
「あ。忘れてた。あんたに渡すよう言われてたんだった」
立ち止まった彼女が、学生鞄の中からがさがさとプリントを取り出したところで、
「わっ」
また、風が吹いた。とっさにオレは手を伸ばして宙に舞ったプリントを掴む。思わず彼女の体にぶつかってしまった。
「ごめん」
「いいよ、別に」
乱れた髪を直しながら答えた彼女の表情は逆光でよく見えない。けれど、彼女は気づいたろうか、オレの背がきみよりもほんの少し高くなっていることに。
Fair Wind 香久山 ゆみ @kaguyamayumi
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