第3話 私の名前はアリスです
物語を書き終わって気づいてみると、彼はもうどこにもいない。
僕はまた自分の部屋にいた。
相変わらず雨音だけが聞こえる。
ふらふらと立ち上がり、窓に近づく。
そこにはいつも通りの景色が広がっていた。
空は灰色に染まり、雨は降り続いている。
ふと視線を感じて振り向いたが、誰もいなかった。
ただ、鏡の中の自分がこちらを見つめ返しているだけだった。
鏡の中には、無数の手が映っていた。
それは、僕自身の手だ。
鏡の中から伸びてきた無数の手が僕の腕を掴む。
そのまま鏡の中へ引き込まれそうになる。
必死に抵抗するが、やがて僕の体は鏡の中へと引きずり込まれた。
鏡の中、そこはやはり自室だった。
だが、何かが違う。
部屋にあったはずの家具が全てなくなっており、窓の外には黒い空間が広がっている。
そして、部屋の机の上には一冊の本が置いてある。
白いページの本だ。
恐る恐る最後のページを捲ると、そこには何も書かれていない。
そのとき、背後から声をかけられた。
「また会えたね」
驚いて振り返る。
そこには、いつか僕のそばに現れたあの少女が立っていた。
「……どうしてここに?」
僕は思わず聞いた。
すると彼女は微笑みを浮かべて答える。
「また、明日。また会いましょう、とあの時私は確かに言ったわ」
君は誰?
「私はアリス。ここは鏡の中ですもの」
彼女はそう言うと、再び口を開いた。
「さぁ、貴方の最後のページを探しにに行きましょう」
彼女の言葉と共に、僕の足元に大きな穴が現れた。
底のない闇が続く大きな落とし穴のような穴だ。
僕はその中へと落下していく。
だが、不思議と恐怖はなかった。
僕の意識はどんどん薄れていく。
その途中で、少女の声が聞こえたような気がした。
ねぇ、私の書いたお話も聞いてくれるかしら?
もちろんだよ。
僕がそう答えたとき、彼女は嬉しそうに笑っていた。
そして、彼女は語り出す。
それは、彼女が体験した不思議な出来事の物語だった。
彼女は語る。
彼女は、いつも独りぼっちだった。
彼女は、とても寂しい思いをしていた。
でも、彼女にとって、それが当たり前のことだったのだ。
ある日のこと、彼女はいつものように森の中を歩いていた。
すると、突然雨が降ってきた。
雨は強くなっていくばかりで、雨宿りする場所もない。
彼女は仕方なく近くの洞窟に駆け込んだ。
そこで、彼女は奇妙な男に出会った。
男は全身に包帯を巻きつけ、顔はガスマスクで覆われていた。
そして、まるで影法師のような形をしていた。
男は彼女をじっと見つめると言った。
ここにいたか。なんと美しい魂だ。お前は何者だ?
私の名前はアリスです。
あなたこそ、何者で、何の用があってここに来たんですか?男が名乗った名前は、彼女をひどく驚かせた。
男は自分こそが死神であると名乗ったらしい。
そして、男は告げた。
お前の魂が欲しいのだ、と。
だが、その時すでに男の身体はぼろぼろでひどく病んでいるようにみえた。
このままでは自分は死んでしまうだろう。だから最後に、この世界でいちばん美しい魂が欲しいのだと。
そう言って、彼は彼女に向かって手を差し出した。
彼女は迷わず、自分の心臓を指差した。
すると、彼は少しだけ驚いたように目を見開いたあと、小さく笑いながら首を横に振って言った。
君の魂はとても美しい。とても、とてもね。
彼は彼女の頬に手を伸ばす。
彼はとても悲しげな顔をしていた。
だが、それも一瞬の出来事で、次の瞬間にはいつも通りの表情に戻っていた。
そして、彼は言った。
そんな美しい魂はやはり僕には取れない。ダメな死神だ…
君は生きるべきだよ。そう言って、彼は生き絶えた。
残されたのは、小さな光を放つ一つの球体だった。
「これが、私が経験した不思議な出来事のお話よ」
彼女は話し終えた。
「……どうして、君がこんな話を?」
僕の質問に、彼女は微笑んでこう言った。
「貴方に知って欲しかったの。誰かに聞いて欲しいと思ったのかもしれない。私はずっと誰かに自分のことを知ってもらいたかったのだと思う。きっと、これはそのための物語なんだわ」
「そうなんだ……」
僕は相槌を打つことしかできなかった。
「さぁ、行きましょう。時間がないわ」
彼女はそう言うと、僕の手を取った。
そして、いつのまにか僕の手にはあの白い本があった。その最後のページにはおそらく僕が書いたであろうあの言葉が記されている。
ひどく頭が痛い。雨は一向にやまない。錆で曇った小さな鏡には、何も映っていない。
「貴方はなぜその言葉に囚われているの?でもここなら多分別の言葉を見つけることができる。もっと幸せな言葉を。だってここは鏡の中ですもの」
彼女はそう言いながら、僕の手を引いて歩き始めた。
実験的AI小説 の向こう Painter kuro @Pkuro
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