第20話 私と彼の適切な距離を求めよ
円卓会議の後、王の名のもとに行われる御前会議は紛糾したようだが、結局ドシェク公爵家ではなく王家が主導し他家から偵察のみを出すという結論に至ったらしい。
花の国と森の国の戦闘はあくまで小競り合いに終始し、半年経った今も、援軍が必要な大きな戦争は起きていない。
もちろん、『計算』が全て正しかったわけではないだろう。あらゆる思惑が絡み合うのが政治というもので、数値から読めるのはその一部でしかない。
それでもあの経験は私に自信を与えた。
数値は、世界を表すものだ、と。
だから、半年が経過した今も、私は赤銅塔で働いている。円卓会議での発言が評価され、今後上層で数値をまとめる役に付かないかとの提案も頂いた。
だが、ここ一ヶ月は休んでいた。
――結婚式の準備に忙しかったからだ。
ドシェク公爵家の報復がないとも限らない、できるだけ早く婚姻を結ばねばならない、というコンラート様の勢いは凄かった。ご自身の御父上、シャレク侯爵と、私の父であるオルサーゴヴァ子爵を瞬く間に説得し(クラリスに聞いたところによると、割と強引な手も使ったらしい)、たった半年で結婚式までこぎつけた。
六年越しの婚姻を破棄された私が、告白から六ヶ月で結婚するのだから、人生と言うのはわからないものである。
わからない、ものである。
▼
「――……コンラート様」
「マルケータ、もう我々は夫婦です」
「……コンラート」
だから、そう。
結婚式を無事に終えて、ぼろぼろと泣いたクラリスを見送り、彼女と馴染みの針子が仕立ててくれた美しい白のドレスを脱いで――いつの間にか用意されていたネグリジェに身を包み、ベッドの上でコンラート様と向かい合うこんな状況で、何を言えばいいのかわからなくても、仕方ない。
言葉だけは知っている。
初夜である。
「……美しい。それに、可愛らしいです」
「あ、ありがとう……ございます」
何が困るかといえば、コンラート様の言葉と表情が、本気でそう想っていると伝えてくれることだ。三十の私を、である。可愛いと言われて嬉しい歳では……嬉しいに決まっていた。顔がにやけそうになる。
彼の手が、私の手をそっと取る。
出会ってからずっと、優しい触れ方は変わらない。あの時……夕暮れの塔で抱き寄せてくれたとき以外は。無遠慮に距離を詰めてくるくせに、最後の一線では紳士的なのだ。
「マルケータ」
「は、はい」
「愛しています」
「……私も。……愛しています、コンラート」
先輩と後輩ではない名を呼び合う。視線が絡む。
数字では決して表現できない、いくら書いても桁が足りないこの感情を、少しでも伝えようと身を寄せる。
唇が、軽く触れた。
「……んっ……、待っ、待ってください、ちょっと、ええ、心の準備が」
「待てません」
ぐいと、強引に倒される。
彼の手が私の肩をしっかりと押さえ込んでいた。動けない。逃げられない。
こちらを見下ろす彼の表情が、笑みに彩られる。
「待ちなさ――」
「俺は半年待ちましたよ、マルケータ」
嗚呼。
紳士的と思ったことは、撤回します。
嗚呼、円卓の三十路 // ああ、ラウンドサーティ 橙山 カカオ @chocola1828
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