第19話 乙女の怒りと淑女の恥じらいの差を求めよ
円卓会議の場ではひとまず結論は出ず、主催であるレオシュ殿下が王や御前会議に報告する、とその場を締めた。私に続いて出た意見を聞く限りでは、場の雰囲気は『援軍はやめておくか』に偏ったようだ。
貴族たちが退出する中、円卓を回り込んでユリウス様がこちらへ向かってくる。
コンラート様が私を背に隠すように動いてくださったけれど、そっと腕に触れて微笑んで見せた。何も言わずとも理解してくれたらしく、彼が一歩引く。
向かい合うユリウス様と私を、コンラート様が横から見守っているような状況だ。
「……やってくれたな、マルケータ」
ユリウス様が唸るように名を呼ぶ。正直に言えば怖いけれど、一番怖い瞬間を――私の計算を、私の責任で話すという――乗り越えたからか、怯まずに頷くことができた。
「はい……ユリウス様。貴方のお邪魔をするような物言い、申し訳ありません。ですが……数字を偽りたくはなかったのです。どうかお許しください」
「許されるものか。子爵の娘が、円卓という栄えある場に出て調子に乗ったな。お前の父もさぞ嘆くだろうよ」
「……覚悟の上です。父も貴族ですから、貴族の務めとして塔を建てよと言うはずです」
「くだらない……! 覚えておけ、マルケータ! お前の所為で、父上がクラウディアとの結婚を認めてくれなかったら――」
クラウディア。知らぬ名前だが、顔はわかる。……あの婚約破棄の夜、ユリウス様の左に寄り添っていたご令嬢だろう。
嗚呼。
私は三十で、もう少女と呼ばれる歳ではないけれど。
いまだ、心には乙女がいるらしい。
――ぱぁん!
小気味良い音が円卓の間に響く。
「恥を知りなさい」
何事かと目を向ける貴族たち。面白そうな表情をしたレオシュ殿下。呆気にとられた表情のコンラート様。頬に赤い手形を刻み、横を向いて茫然としているユリウス様。
じん、と手のひらが熱い。公爵家の三男を引っ叩いた感触は――あまり、良いものではなかった。ペンが紙を滑る感触の方がよほど心地よい。
とはいえ、ちょっとだけすっきりしたのは内緒にしよう。
「真実の愛と嘯くなら、ユリウス様。『お前が』『父上が』などと言い訳をせず……絶対に幸せにしてみせなさい。誰を不幸にしても、彼女だけは幸せになさい」
私との婚約が破棄されたのは、私が悪いとしても。愛を囁かれた娘の方に罪はないのだから。
ユリウス様がゆっくりと顔を戻してこちらを見る。まだ茫然としている様子で、何かを言おうとして……結局何も言わず、従者を伴って円卓の間から出ていく。
乙女としての怒りと、女としての願いと、年上としての心配。どれが一番強かったかは、私にもわからない。
ぱちぱちと最初は控えめに、すぐに大きく、周囲で見守っていた貴族たちが拍手をし始めた。
「こ、コンラート様まで……!? おやめください……ああ、私は何と言うことを」
「見事な一撃でした」
何やら嬉しそうな笑みを向けてくるコンラート様を睨む。私の顔は羞恥で赤いか、血の気が引いて青いか……いずれにせよ、後悔はなかった。
コンラート様が私の手を握り、そっと引く。ダンスにでも誘われるように、一歩近付く。
「いやあ、よく言った」
「お見事でしたわ」
「この場でのことは我々の胸の内に秘めておくということで……」
「マルケータ殿、今度ぜひうちの夜会に……」
「おいコンラート、独占するつもりか……」
周囲の貴族が私を囲もうとする中、コンラート様の手が私の腰に回り、脚に触れる。そのまま、横向きに抱き上げられて。
「きゃ」と「ぎゃ」の間くらいの声が出た。
「きゃ、あああっ!?」
「しっかり掴まってください、マルケータ先輩!」
掴まる、では足りず、両腕で必死にしがみつく。コンラート様は軽やかに貴族たちの間をすり抜けて、そのまま円卓の間を出た。
途中、廊下で二人きりになったところで、彼が囁く。
「絶対に幸せにします」
鏡を見るまでもなく。
私の顔は燃えるように熱く、耳の先まで真っ赤だった。
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