閲覧不要の郵便物
大河
隣はいつでも明るい(物理)
前々から怪しいとは思っていたのだ。
検針票を拾ったことがある。ガスや電気、水道といった生活インフラと呼ばれるものの使用量が書いてある紙のことだ。拾ったのは電気の検針票だったので、この場合は電気の使用量が書いてある紙になる。使用量に紐づいた料金を請求する紙なので、当然ながら宛名が書いてあった。部屋番号203、つまり僕と僕の両親が暮らしているところから隣の部屋のものだ。他人の生活を許可なく覗き見るのは悪いことなので、僕はすぐさま目線を外して、部屋番号203の郵便受けにそれを入れようとした。
でも、郵便物で溢れていて入らなかった。
困った僕は、どうすればいいか分からなくなって手元の用紙を見た。すると僕は気付いた。検針票には使用量と発生料金が書いてあるのだが、そのどちらにもゼロが記されていた――つまり、部屋番号203の住人は電気をまったく使っていなかった。
僕はついに203号室の監視を始めた。
あの時見た紙が正しければ、隣の部屋は電気をちっとも使っていない。だというのに、監視を開始してから二週間、灯りは毎晩付いている。もしかしたら近くの部屋から電気を盗んでいる悪者なのかもしれない、と僕は考えるようになっていた。
まだ両親に報告はしていない。両親に報告するとなれば、僕が他人の家の検針票を無断で見てしまったことも説明しなくてはいけない。もし悪者ではない人の情報を盗み見た、となれば、僕ばかりが怒られる結末になってしまう。それは避けたかった。もっと決定的な証拠を掴んでから、両親に相談するつもりだった。
そして、その時はやってきた。
隣の部屋に灯りが付いている。
何もおかしいことじゃない、だろう。普通なら。けれど僕は今、部屋が明るいはずがないと知っている。現在、この地域は停電している。数分前に発生した地震の影響で電気の供給が断たれてしまっている。冬の夜7時、街は暗く夜に沈んでいる中で、203号室だけがすっかり明るいままだ。
好都合なことに両親は帰ってきていない。仕事中か、帰り道か。
確認しなければ。スマートフォンの電源ボタンを長押し、起動しないことを確認。真っ暗な廊下を歩いて隣の部屋の前に到着する。僕は勇気を振り絞ってインターフォンを鳴らした。
「はぁい~。なんでしょう?」
「隣に住んでいる宍倉と言います。お父さんと連絡を取りたいんだけど、スマートフォンの充電がなくなってしまって……」
「あら! いいですよぉ、充電していって」
ガチャリと鍵が開く音がする。ドアノブに手を掛けて、引く。
入り口からまっすぐに短めの廊下が伸びていて、奥には扉がある。部屋の構造は同じだろうから、扉を開ければリビングが広がっていると思われた。
「入ってきて~」
奥の部屋から声が聞こえる。恐る恐る進んでいき、リビングの扉を開けた。
「いらっしゃい! お父さんに電話できなくて心配でしょう。コンセントはそこのやつ使って下さいねぇ」
リビングにはこたつが設置されていて、ぬくぬくと温まる女性が一人。腰にかかるほどの長髪と、すっきり通った鼻筋が綺麗なお姉さんだった。縦セーターを着ていた。
お姉さんは僕をこたつに招き入れると、録画していたらしいドラマの続きを流し始めた。
充電器を差してから、僕はお姉さんに質問した。
「なんでこの部屋は電気が付いているの?」
「お姉さんは用意周到だから非常用電源があるの」
「そういうのって充電するのに電気料金掛からないの?」
「……なるほど~。君、悪い子でしょ」
お姉さんは何かを察したように、僕の目を見つめる。
「…………。普通はお金かかるんだけど、私は掛からないのよぉ」
「どうして?」
「魔法使いだから」
魔法使い。
子供だからって馬鹿にして。
冗談はいいから本当のことを話して、と言った僕の頭を、お姉さんはへらへら笑いながら撫でまわしていた。
――今にして思えば。
この時点で、僕はもっと僕の思考を疑うべきだった。
もしも彼女が隣人から電気を盗んでいる悪党だったとすれば、街全体が停電している場面で彼女の部屋だけ電気が付いているという状況はありえない。窃盗先にも電気は供給されていないからだ。
僕の部屋は自動で鍵が開閉しない。もしも彼女が人力で部屋の鍵を開けたとすれば、リビングで彼女が寛いでいるのはおかしいはずだ。
でも、当時の僕は見逃した。
だっていっぱいいっぱいだったのだ。最初は緊張していたし、部屋に入った後は近くで見たお姉さんがすごく大人びていたから。まあ、これも今考えてみれば、かなり取り繕っていた大人らしさだと分かる。弟子入りした当初、お姉さんの生活力の無さには愕然としたものだ。
さておき。
これは僕が魔女のお姉さんの弟子になって、一人前の魔女になるまでの物語。……が始まる前の、出会いの一幕である。
閲覧不要の郵便物 大河 @taiga_5456
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