懇親会だってば

藤泉都理

懇親会だってば




 どーしてこれを選んだんだろう。

 

 つい先ほど入社式を終えた彼女と彼は今、遥かなる疑問を抱きながらパンプスを履いていた。

 懇親会を始める。

 社長の宣言により登場した様々なパンプスから選んだものだ。


 どうやら海外で行われているパンプスを履いて走る競技が面白そうだと感じた社長が、新入社員の懇親会に登用したらしい。


 いや、面白そうじゃないし、痛そうだったし。

 たまたまその競技を見ていた彼女も彼もパンプスを履くのは初めて。

 初めてな上に走るだなんて狂気の沙汰だった。




 どうせ懇親会なのだ。

 走っている風体を見せながら、うふふあははといたーいやだーこらこらおいていくなよーおいかけてみせなさーい、などと戯れればいい。

 もしくは、なんだよこれしんじらんねえこんなのさせるなんてこのかいしゃのみらいもみえたなしっぱいしたな、などと愚痴を溢し合えばいい。

 なんせ懇親会なのだ。

 多くの新入社員はそう目論んでいたが、彼女と彼は違った。

 彼女も彼も目を光らせた。

 爛々と。

 いや。

 ギンギラギンに。

 競技と名の付く勝負事には本気で挑まねばなるめえよ。と。




 誰よりも高いヒールのパンプスを履いていたのも彼女と彼だった。

 スタートの合図が鳴った瞬間、疾風の如く走り出したのも彼女と彼だった。

 そして、誰よりも先にマンホールの蓋の穴にヒールを嵌らせたのも、彼女と彼だった。

 彼女と彼は必死に引き抜こうとしたが、叶わず。

 彼女と彼は偶然目を見合わせて、そして、儚い笑みを見せた。





 失格だと観念した彼女と彼は、マンホールの蓋の上にパンプスと共に社員証を置いて、立ち去った。












(2023.4.4)

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懇親会だってば 藤泉都理 @fujitori

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