ただの騎士、魔王討伐に出る ~本当は勇者じゃないけど、聖剣抜いたし問題ないよね!~

月待 紫雲

問題あるわボケ

 燦々と焼きつけてくる忌々しい日光を、ユリアは恨めしく思った。広大な草原のど真ん中で、うんざりするほどの草をかき分けながら、ユリアはある場所を目指していた。


 背中には剣が2本、交差するように縛り付けられている。動きやすい布の服に革製の鎧を張り付けている。これが、熱をこもらせていた。


 ユリアは魔王を討伐する旅の道中であった。


 他に仲間はいない。


 以前はいた。

 ユリアは王国の名誉ある騎士団の隊長であった。日々部下たちと共に鍛錬を積み、魔物の襲撃に備える日々。正直、平穏そのものだった。

 彼らをどうしたかと言うと、置いてきた。戦いについてこれないからだ。


 草むらから、ジャイアントスネークが飛び出してくる。

 ジャイアントスネークは人を丸のみにするだけでなく、溶解液が厄介な相手だった。国でジャイアントスネークが出たときは真っ先に討伐の命令が出され、騎士団で対処にあたる。

 そのジャイアントスネークに向かって、ユリアは右拳を握りしめ、顎へ叩き込んだ。

 たちまちジャイアントスネークはその瞳の色をなくすと、倒れる。


 ユリアはため息を吐く。


 魔王を倒すには勇者が必要だ。

 古の勇者が残したと言い伝えられる、聖剣バリアーン。

 選ばれし勇者のみが引き抜けるというその聖剣でしか、魔王に対抗できないのだ。

 そしてその聖剣を、ユリアは背負っていた。

 無論、引き抜いたからである。

 左側に括り付けたそれを、ユリアは一度も戦いで使うことはなかった。


 額から流れた汗を拭う。

 暑い。かゆい。重い。

 猫背になり、息は乱れ、疲労はとっくにピークに達している。それでもユリアは先を急いだ。

 早く、解放されたい。

 背中の異様な重みに、ユリアは心底うんざりした。


 ユリアは勇者ではない。

 はっきりと、ユリアは自覚していた。聖剣を引き抜きながら、それでも己が勇者ではないと、現在進行形で痛感させられている。


 重いのだ。


 聖剣が、死ぬほど重い。

 おそらく、聖剣自体がユリアを拒絶している。

 その理由を、ユリアは知っていた。


 力強くで、抜いた。


 初めて柄を持ったときに、台座から抜ける気がしなかった。この時点でユリアは自分が勇者ではないことを知った。

 それでも騎士団全員が試していたし、ユリアならば、と期待の目も寄せられていた。だから格好だけでもつけようと、思い切り剣を引き抜こうとした。


 重かった。くそ重たかった。


 以前岩に突き刺さってた剣をへし折って抜いたことがあったが、比ではなかった。

 ただ、ユリアにも騎士団の隊長としての意地があったのだ。重さを感じた瞬間に対抗意識を燃やしてしまった。


 駄々をこねるように、両手で持って引き上げたのである。


 抜けた。


 すぽっと。


 すぽっと抜けちゃった。


 それからはもう、後の祭りであった。


 やいややいやと崇められて、国を挙げて祝福され、大金を支給されて旅に放り出された。

 誰が言えようか。

 めちゃくちゃ重いけど抜けました、だなんて。

 勇者しか引き抜けないと言われる聖剣を、力で抜いただなんて誰が信じようか。

 信じてくれたとして、女性であるユリアに不名誉な呼ばれ方が定着してしまうのは容易に想像できた。

 聖剣も聖剣で力技で引き抜かれたとあれば不本意であろう。名も汚れる。

 従って、国を出るまで必死に勇者を演じた。


 冷や汗止まらなかったし、苦笑いし過ぎて頬がつった。


『立ち去れ。ここは賢者の領域。何人たりとも侵入は許さぬ』


 草を潜り抜けた先は森の入り口らしかった。泥沼から低い声を響かせながら、ゴーレムが表れる。

 並のゴーレムではない。土でつくられるはずのソレはミスリルで出来ていた。


 ユリアはゴーレムの目の前で膝をつき、座り込んだ。


 最初は聖剣の真偽を疑った。めちゃくちゃ重たいだけのただの剣なんじゃないかと。

 それも、鞘に収めた瞬間、プルプルと震えながら必死に抜剣を拒否する姿で打ち砕かれた。


『聞いておるか、人間』


 次に、聖剣に認められようとした。夜に語りかけたり、手入れを申し出たり、肉を焼いて匂いを嗅いでもらったり……だ。

 鞘から抜けない。

 いや、鞘を壊せば抜き身にはできる。しかしそれは抜いたと言えるのだろうか。


『おい』


 毎日めちゃくそに重たい剣を背負って歩く日々。何度捨てようと思ったか、ユリアにはわからない。


『何休憩してる、おい貴様!』


 それでも捨てなかったのはユリアに希望を託して送り出してくれた国の為。そしてまだ見ぬ真の勇者の為。


 ……単に生真面目だから捨てられなかったともいう。


『おい女ァ!』


 ゴーレムの拳が振り下ろされる。ユリアは右に背負った剣を抜いた。

 

――斬る。


 剣が、砕けた。

 ユリアは気にしない。

 いつものことだ。


 そもそもこの剣ただの鉄だしミスリル相手に折れない方が無理あるし。


『貴様、何者だ』


 ゴーレムの腕が砕けていた。片腕を失い、ゴーレムが問いかけてくる。


「ユリア。偽勇者だ」

『ニセ……?』


 両手をついて、額を地面にこすりつける。


「お願いします、賢者様に会わせてください。そして本物の勇者様に会わせてください」


 ゆっくり深呼吸する。そして、大きく口を開けた。


「このままじゃ私、ノイローゼになっちゃいますぅうううう!」


 縋るようにユリアは叫んだ。年甲斐もなく、叫んだ。


「お願いしますぅ、もう精神的につらいんですぅ。聖剣様に毎日拒絶される気持ちわかりますか!? 毎日ですよ? 持ち運ばなきゃいけないのに冷たい態度でいつもいられるんですよ! デレてもくれないんですよ!」


 情緒はもうめちゃくちゃだった。

 人間に例えると、付き添わなきゃいけないし世話もしないといけないのに存在をないかのように無視されるようなものだ。

 ユリアの身体能力がついていけても精神がついていけてなかった。


 厳しい訓練にも耐え抜いてきた強靭な精神を持つ彼女が、人目を気にせず大泣きした。


「賢者様なら勇者様の居場所わかりますよね!? ね!?」

『……約束はできない』


 ゴーレムは気まずそうに体を横にそらした。


「おっっっもい剣担いで、迷いの大地潜り抜けてやっとここまでたどり着けたんですよ!? いいじゃないですか少しくらいご褒美あっても! 何ですか、進むたびにモンスター、でかいモンスター、強いモンスター、モンスターモンスターモンスターって! 私がモンスターになっちゃいますよ!?」


 ゴーレムは自身の失った右腕を見る。


『……いや、十分化け物モンスターだが』

「……うっ、ひぐっ、うわぁあああああああ!!」


 爆発した。

 たった一言で、ガラスのハートが砕け散った。

 幼児退行を極めたユリアはもう、それはもう物凄く泣きじゃくった。


「けんじゃさまぁああ、聖剣様が、聖剣さまがわたぢをいじめるんですぅうう、だずげでぇ」

『……何この子こわ』


 ゴーレムは己の体を溶かしながら、沼に還っていく。


『……試練を乗り越えた者よ、いや乗り越えてないが。いやもうかわいそうだから通れ』

「……ありがとうっ!」

『賢者の家はこの先を真っすぐ行った先、泉までたどり着いたらを右に進むといい』


 ゴーレムの姿が消える。

 ユリアはぐっちゃぐちゃの顔を袖で拭い、立ち上がった。

 そして、道を突き進む。



 ユリアの戦いはこれからだ。

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ただの騎士、魔王討伐に出る ~本当は勇者じゃないけど、聖剣抜いたし問題ないよね!~ 月待 紫雲 @norm_shiun

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