3-4.「結果が出せないこと、そのものを咎めはいたしませんが、頑張っている人の邪魔はしないで頂きたい」

「ハタノ院長! あ、あなたの子飼いの治癒師が、僕の患者に余計なことをっ……!」

「事情を説明して頂けますか」


 救急治癒室に居合わせたのは、顔を真っ赤にした小太りな一級治癒師と、その補助師。

 及び、二級治癒師シィラ、そして患者当人だ。


 ハタノは貴族服を着た患者様に「少々時間を頂きます」と謝罪しつつ、魔力走査を実施。

 異常がないことを確かめつつ、まず小太りな一級治癒師――名札にルーア治癒師と書かれた男に、話を聞く。


「最初に患者さんを診たのが、あなたでしたね。ルーア一級治癒師」

「そ、そうだ! 患者の足がしびれて、歩くのが辛いと言うから、その足に治癒魔法をかけてた所に、この女が邪魔して」

「なるほど。シィラさんは?」

「私は、たまたま通りかかったら慌ただしい声が聞こえて……治癒がうまくいってなかったようなので、えと――」

「黙れ、イカサマ治癒師が! 二級の分際で! この雌豚はな、僕の治癒を邪魔して、」


 ハタノは男の腕を掴んだ。

 シィラを庇うように間へ割り込みつつ、わざと頬を歪めて威圧する。


「ルーア治癒師。いかなる事情があろうと、人様をそのような言葉で呼ぶことは許しません。相手がシィラさんであろうと、それ以外であろうと、です」

「っ、だ、だがっ……」

「私が尋ねているのは、治癒の過程です。あなたは患者の大腿部にしびれと痛みがあるため、大腿部に治癒と持続回復を行った。以上ですね?」


 そうだ! と頷く治癒師にハタノは溜息をつきながら、続けてシィラに尋ねた。


「それで、シィラさんはどのような処置を」

「は、はいっ! 患者様にお話を聞いたところ、すこし歩くと足が痛くなったりしびれたりして歩けなくなり、でも少し休むとよくなると聞きました。そこから間欠性跛行を疑い、腰背部から治癒魔法を行いました。一時的な改善にしかなりませんが……」


 間欠性跛行。

 症状はシィラの語ったとおり、歩くと足が痛み疲労が出るが、少し休むと歩けるようになることだ。


 その理由は背骨の内側を通る、脊柱管、と呼ばれる管が椎間板ヘルニア等によって圧迫されて発生する病気だ。

 症状が大腿部に出るため足の病と勘違いされる時もあるが、原因は腰から伸びた神経が圧迫されることであるため、大腿部への治癒魔法は意味がない。


「シィラさん、足の痛みの左右差は確認いたしましたか?」

「え、左右差ですか?」

「事例は少ないですが、足の動脈硬化が進んだ結果、血流障害により歩行時にしびれや痛みが出る時もあります。その場合、血流の左右差があるため患者の鼠径部より血中魔力を比較走査することで確認できます」


 その精査は先ほどハタノが行ったので問題無いが、鑑別する意識は大切だ。

 ハタノはシィラの味方ではない。正しい治癒の味方である。

 仮にシィラの治癒方針が間違っていれば、ハタノはきちんとシィラに指摘しただろう。


 その上で現在、どちらが正しかったかを証明する方法は、容易い。


「では最後に、……すみませんが、改めてお名前をお伺いしても宜しいでしょうか、患者様」


 ハタノは寝台にて腰かけるご老人に、改めて礼をした。


 紫の貴族服を着たその患者は、身なりからして高位のお貴族様だろう。

 人の良さそうな笑みを浮かべ、ハニシカ、と名乗ったご老人はにこやかにシィラへと微笑んだ。


「私を治してくれたのは、そちらのお嬢さんだよ。ずっと痛みに悩まされていたのだがね。本当にありがとう」

「い、いえ! 私はただ、いつも通りに治癒を行っただけで……」

「だとしても、私を治癒してくれたのは君だ。そこの治癒師様でも院長様でもなく、君だ。であれば君に感謝するのが筋だろう」

「で、でも本当に全然、大したことは、」

「必要以上に卑下することは、己の価値を下げることになりますぞ。誇りなさい、お嬢さん」


 ハニシカご老人に言われ、シィラがハッと顔を上げた。

 彼女はたまに自信なさげなのが傷だが、今のは効いたようだ。


 シィラはきゅっと唇を噛み、きちんと前を向いて。

 患者様に顔を合わせ、丁寧に会釈をした。


「失礼しました。改めまして、私は”二級治癒師”シィラと申します。――またご用命の際には、きちんと私の仕事をさせて頂きますので」

「ありがとう。今後ともよろしく頼むよ。……では、元気になったジジイは、さっさと会計をすませて帰宅するとしよう」


 ハニシカ様が笑い、シィラが釣られるように微笑むのを見て――


 良かったな、と思うと同時に。

 ハタノは久方ぶりにじんわりとした熱を覚え、妙にむず痒い気分になる。


(……本来の治癒とは、こうあるべき、ですね)


 最近は政治家の真似事や、患者に関わらない煩わしい仕事ばかり手にかけていた。

 初日の崩落事故や、ガルア王国への救援時にこそ患者を診たものの、それ以降ろくに診察すら行っていない。

 事務方と苦手な折衝をしたり、特級治癒師グリーグ教授に振り回されたり、貴族会議にて嫌味を言われたり……本来の治癒師とは、まったく別のことばかりしている。


(私も改めて、原点に返った方がいいのかもしれません)


 ハタノは一介の治癒師に過ぎない。

 妻を守りたい志を持っているのは事実だが、それでも、本質は治癒師なのだ。


 初心忘れるべからず。

 ハタノは今さら普通のことを思い出し、シィラにありがとうと告げる。


「シィラさん、私からもお礼を言わせてください。久しぶりに、治癒師らしいものを見た気がします」

「へ? え、ええっ!?」

「やはり治癒師は治癒をしてこそ、です。餅は餅屋。政治は政治屋に任せましょう。……私には些か、院長職は荷が重すぎるかもしれません」


 ハタノがシィラに柔らかく微笑むと、シィラはあたふたと困惑しながら顔を真っ赤にしてしまった。

 彼女は褒められるのが恥ずかしいらしい。


 けど、彼女は今やハタノの一番弟子。

 苦難も多いだろうが、今後も頑張って欲しいなと、切に願いながら。


 自分の仕事をこなすべく、顔を真っ赤にした一級治癒師に振り返る。


「ルーア治癒師。あなたがあなたなりの治癒を行うことは、止めません。ですが、治癒は結果が第一。……結果が出せないこと、そのものを咎めはいたしませんが、頑張っている人の邪魔はしないで頂きたい」

「っ……!」

「そしてもし、自身の治癒魔法が結果に繋がらないのであれば今一度、考え直してみてください。治癒とは何か、を」


 ハタノの理論は、決して理解できない呪いでもまやかしでもない。

 理屈を学べば誰にでも実践できるもの。

 その理屈を理解してくれればと思いつつ、ハタノはシィラを連れてその場を後にしたのだった。






 ――余談だが。

 シィラがトラブルに見舞われたのは、お昼時。

 その時、治癒補助師ミカは食堂で昼食を取っており、後ほど騒動を知って目を丸くした。


 で、経緯を話すと案の定キレた。


「え、そんなこと起きてたの!? んで、シィラが治癒して……雌豚ぁ? うっわー豚野郎に雌豚とか言われたくないわー! 今度会ったら文句言っとくわ、自分が豚みたいな身体してるからって、あたしのシィラ捕まえて豚呼ばわりするの止めたらどうですかーって! で、治癒の結果は?」


 ハタノが伝えると、ミカは「さすがシィラ、あたしの一番弟子ね。豚野郎ざまぁ~!」と、足をばたつかせ品もなくゲラゲラ笑った。


 こういう時、ミカは強いなぁ……と、苦笑するハタノであった。






――――――――――――――――――

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