気軽にえっちさせてくれるゲーマー彼女と、仕事で疲れた後にだらだら遊ぶのは最高に楽しい
時田唯
第1話 いきなりで悪いんだけど、私とえっちしない?
『タク君さ。いきなりで悪いんだけど、私とえっちしない?』
何気ないゲームの合間に飛んできた通話に、俺は飲みかけの紅茶を吹きそうになった。
画面越しに話しかけてくる相手は、ハンドルネーム『ルミィ』さん。
俺がとある病院に医療人として勤めはじめた初年度の頃、割とハマっていたオンラインゲームの攻略サーバーでやり取りしている間に仲良くなった同年代の女子だ。
オンライン上の相手といっても付き合いは一年半くらいあり、オフ会で顔を合わせたこともある。
それどころか自宅が近いこともあり、たびたび一緒に遊ぶ仲ではあったが……。
「……ルミィさん。それ、冗談?」
『や、マジ。本気と書いてマジ話のマジ君です』
「なんだそれ」
相変わらず独特な表現をする彼女に、けれど、俺の心臓はどくんどくんと高鳴り始める。
そりゃあそうだ。
恥ずかしながら、俺には経験がない。
大学時代は勉強ばっかしてたのと、俺にあんまり自信がなかったのもあって、未だ彼女いない歴=年齢を地でいく男だ。
社会人三年目という、一般社会ではようやく大人として認められそうな年齢でありながら、未だ童貞感丸出しの男に向かって、そんなこと言われた日には、……びっくりしないはず、ないだろう?
いやまあ、俺がヘタレなだけかもしれないが。
「あー……ごめん。俺いま、結構びっくりしてるんだけど」
『うん。あたしもかなりドキドキしてるね!』
「ってことは、本気?」
『こーゆー話しってさ、ガチの空気だと言いにくいじゃん? だから、さらっとゲームの合間に言おうかなぁ~って』
スピーカー越しに聞こえる、彼女らしい気軽な声。
それでもつい、男の性として色々と妄想してしまう。
彼女は普段メッセージでやり取りしている通り、はつらつとした明るい子だ。
ぱっちりとした宝石のような瞳に、つやつやの肌。
初めて顔を合わせた時から、にぱっと笑う笑顔がたまらなく可愛い子だなと思ったし、着飾らない薄地のTシャツのせいではっきりと分かる豊満なそれには、つい無意識に視線を呼び寄せられた覚えが――
……って、こうしてみると俺、出会った時から意識してるな。最低だ。
まあ、とにかく。そんな可愛くも楽しい友達感覚だった彼女が、……その。
俺と?
ヤリたい?
落ち着け。
ルミィさんはいきなり面白いことを言う子ではあるが、さすがに、理由があるはず。
「聞いてもいい? ただ遊び相手が欲しい、ってだけじゃないよな」
『ふっふっふ。あたしはこう見えて尻軽女なのだよ、タク君』
「本物の尻軽はそんなこと言わないだろ。あと、ルミィさんが気を遣う人なのは知ってるから」
伊達に一年半、友達してるわけじゃない。
そもそも誰とでも寝るような相手なら、俺はたぶん彼女と友達になっていない。
と、彼女は通話越しに小さく唸って、
『やー……本当に、たいした理由じゃないんだよね。ただ、うちの実家がお見合いしろってうるさくてさ』
「ルミィさんの実家って、茨城だっけ」
『そそ。しかも田舎の方。で、うちの爺ちゃん婆ちゃん、両親そろってもーうるさいのよね。彼氏はどうだの、都会で変な男にひっかかってないかー、だの。で、勝手にお見合い話まで持って来てさあ』
「面倒くさいな、そういうの」
『うん。タク君みたいに、もっとゆるーっとした関係がいいんだよねあたし』
ルミィさんがゆるっと笑う。その点は俺も同じだ。
俺に彼女がいない理由は、もちろん俺みたいな陰キャに彼女ができると思えなかった、ってのもあるが……本当の理由は、積極的に作らなかったから。
人付き合いをして、他人に気を遣うのが嫌だから、っていう理由もあった。
恋愛をすると、相手の都合に合わせなきゃいけない。
休日には彼女をデートに誘い、誕生日やら何やらイベントの度にプレゼントを考えて、時には文句を言われて……なんてのを想像すると、どうにも、おっくうに感じてしまう。
その点、彼女は言いたいことは自由に言えるし、言わなくていいことは、言わなくてもいい。
それに、話してて趣味が合う。
友達らしい楽な関係だからこそ、いい歳しながら一緒にゲームが出来る。
だから、彼女はいいなと思っていた。
『けどさ、あたしもずーっと断るわけにもいかないし……そのうちお見合いして、もしかしたら結婚もするのかなぁ、とか。ちょっとだけ考えちゃったんだよね。で、その前に経験しておきたいな、って』
「……で、俺?」
『なんかね? 考えてる間に、タク君ならいいかな、って自然に思えたんだよねぇ~』
またも、ドキリとしてしまう発言。
通話越しに動揺を悟られないよう黙ると、彼女が「んー」と曖昧に笑う。
『もちろん、誰でもいいってわけじゃないよ。信頼できる男の人で、でも彼氏彼女みたいに重くならない相手、って考えてるとさ、いつもフツーにゲームの相手してくれるタク君がいいな、って』
「……俺は単なるゲーム相手だけど」
『そこがいいんだよぉ。重くないし、楽しくやれそうな相手だし。ついでに身持ちも堅い!』
「身持ちって」
『人の良さが滲み出てるんですよ、普段の発言にね。それに一年半付き合ってて、性格も知ってるし。あと医療職』
「最後、関係なくね?」
医療職って別に、人柄いいわけじゃないぞ?
それに人の良さと言われても、俺だって男だ。
性欲だって相応どころか、他人以上にあると思う。いざ事に及んだらどうなるか、……優しくできるかなんて、分かったもんじゃない。
「つうか俺、経験ないし。優しくっていっても……」
『あ、大丈夫あたしも初めてだし』
「は? いや、お前っ……」
ルミィさんは見ての通り話し上手だし面白い子なので、とっくに経験してると思ってたんだが……。
マジか。そんなことあるのか?
そんな彼女が、俺と?
ああくそ。まずい。想像すると、むわっと欲があふれてくる。
自分にとって都合が良すぎると思っても、いまいち考えがまとまんねぇ――
『あ。一応聞くけど、やっぱ重い?』
「え」
『や、タク君がそういう関係、重いなーっていうなら止めとくけど。てかごめん、めっちゃ今さらだけど、タク君彼女いる?』
「いない。彼女いたことない暦イコール年齢」
『世間の女は見る目がないねぇ。で、止めとく?』
「や、っ、そのっ……」
確かにびっくりはした。
けど、止めとく、と、言われて「はい止めます」って言える男がこの世にどれ程いるか。
そりゃあ彼女と俺は良好なゲーム仲間ではあるが、同時に男と女なわけであり、友情もあれば性欲もある。
それに、ルミィさんとは一年半以上も付き合っていて、性格もよく知っているし……。
と、自分を正当化する言い訳を考えてみたものの、本能は正直だった。
「したい、です。めっちゃしたい」
『んふっ♪ ウケる。一瞬黙るのが童貞ムーブっぽいよね』
「笑うなよ! 男なら普通だろうが……!」
『あたしが言うのもなんだけど、性欲には勝てなかったねぇ、タク君?』
「んぐっ……」
その通りだよ畜生!
いい女に誘われて、やりたくない男などいない。
しかも相手が信頼のおけるイイ女とくれば、なおさらだ。
『まあでも本当、重く考えないでね? えっちしたから、彼氏として責任とらなきゃ~とか、そういう態度だと逆に重いし』
「おぅ……そこはまあ俺も正直、彼女になったから週末必ずデートね、とか言われると面倒くさいし」
『わかる~。週末はゲームしたいよね。平日もしたいけど』
「欲望ダダ漏れ過ぎるだろ。まあわかるけど。友達だから、彼氏彼女だからって自分の時間をなくしたくないよな」
彼氏彼女とか、全く欲しくないわけではないけど、……本音をいえば、面倒くさい。
仕事以外の時間は、好きに生きたい。
友達同士でも毎日遊ぶ必要はなく、遊びたいときに「今どう?」「おっけー」みたいなノリで誘える、そんな相手が一番いい。
『うん、やっぱりタク君でよかった』
「それ褒められてるのか、けなされてるのか分からないけど」
『褒めてる褒めてる。あたし達やっぱ相性いいねぇ。じゃあ身体の相性はどうかな? ってことで、今からタク君ちいくね』
は? 今から!?
「え。ちょ、今!?」
『だって今から一週間後ねーとかいったら、すっごいもやもやしない?』
「まあ、うん」
『でしょ~。なら善は急げ、ゲーマーの誇りにかけて童貞処女脱出RTAに挑戦しようっ。あ、そうだ買ってく?』
「何を」
『ゴム』
「…………。あるから、大丈夫」
『使う予定のなかったアイテムを何故か持ってる男』
「嗜みだよ、嗜み!」
『冗談、冗談。じゃ、今からいくねー』
真っ赤になる俺の気も知らず、けらけら笑って通話を切る、ルミィさん。
室内に静寂が戻り、まるで今の会話が夢だったかのような感覚を覚えるなか、どくん、とくんと心臓の音だけが響いていく。
なんか、勢いで約束してしまったけど……
今から、人生の初体験?
平日半ばの、何でもない日に。
明日も仕事で、ルミィさんとはついさっきまで単なる仲のよいゲーマー友達で、今日も楽しく遊んでた相手と……?
本当にいいんだろうか、と、ちょっとだけ怯えてしまう自分がいる。
けど同時に、大地の底からマグマが脈打つかのような高ぶりもあり、つい期待しながら、そわそわと室内を意味もなく歩き始める俺もいて……。
あああ、どうしよう。
マジどうしよう。
……うん。とりあえず。
「やっべ。家の掃除しないと」
と、慌てて足下に転がったペットボトルを拾って、ゴミ袋に突っ込み始めた。
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