第2話 返事早ぇなオイ!
ルミィさんと出会ったのは、社会人一年目になり半年が過ぎた頃だった。
正直、社会人の一年目なんて半人前。LV1の雑魚キャラだ。
毎日分からないことばかりで先輩方に迷惑かけたり、医療職という都合上、患者さんに迷惑をかけてガチヘコみしたり……と、本当にしんどい日々が続いていた。
そんな中で気晴らしになったのが、学生の頃から趣味にしていたゲームだ。
社会人になってからは遊ぶ時間も減ったが、それでも名作が出れば週末遊び倒すくらいに熱中した。
そんなある日、俺はたまたまオンラインゲームの情報を求め、とある攻略用サーバーに参加した。
有志が最新のアプデ情報を次々に解析してくれる、ローカルなコミュニティだ。
そこで時にオンライン通話をしつつ一緒に攻略をしたり、雑談混じりのチャットを交わすなど、和やかなサーバーの雰囲気もあって俺も楽しんでいた……
が、参加者が増えれば面倒なヤツが増えるのも、また事実。
『はじめ:さやかちゃんってさ、どこ住み? ねーいいじゃん教えてよ』
『さやか:すみません、そういうのは話したくなくて』
『はじめ:こっちだけ住所教えてるのにそっちが教えてくれないって不公平じゃない? ゲームで相方募集って応募してきたし、誘ってきたのそっちなのにさ、約束破るのよくないと思うんだよね。その辺どう思う?』
いわゆる、オフパコ狙い――それも露骨なヤツが、サーバー内の女子に粉をかけ始めたのだ。
それも、気弱そうな女子を狙って。
しまいには、卑猥な画像を直接送りつけるトラブルも起きた。
ウザいな、と思った。
俺はゲームの攻略を知りたくてサーバーに参加したのであって、人間関係のトラブルに巻き込まれたいわけじゃない。
敵を倒し、自キャラを強くして満足する。
そのための効率のいい方法を知りつつ、自分も情報を提供して仲良く楽しみたいのに、何でトラブルを起こすのか。
……けど、見過ごす訳にもいかない。
そういう卑猥な発言で誰かが追いやられているのは見ていて腹が立つ。
だから、面倒だったが仕方なく『そういう発言はよくないと思います』と書き込み、クソ野郎と喧嘩になった。
レスバトルなんて面倒だし無益だが、でも誰かが注意しないと可愛そうだ。
と、空しいやり取りをしてる時に飛んできたのが、ルミィさんからのメッセージだった。
『ルミィ:初めまして、タクさん。いつもお世話になっています。突然のDMすみません。余計なお世話かもしれませんけど、あの二人とはあまり関わらない方がいいと思います』
カチン、と来た。
ルミィさんとは同じサーバー内でよく話しをしていて、気遣いのできる子だと思っていたが、……露骨にセクハラされてて黙ってろ、とは。
イラつきのあまり、反射的にキーボードを叩いていた。
『タク:いつもお世話になっています。タクです。お話は分かりましたが、あのはじめって人は言い過ぎだと思います。相手が言い返すのが苦手なの分かってて、言ってると思いますし。放っておいていいんですか?』
『ルミィ:誘われてる、さやかちゃんって子、あれ自演だと思います』
『タク:え、自演?』
『ルミィ:別のサーバーでも同じことしてるんです、あの子。わざと男に声かけてオフパコ匂わせて、可愛そうな被害者面して、タク君みたいに庇ってくれる騎士様を釣ってるんです。私の王子様~って』
『タク:なんだそれ』
『ルミィ:お姫様ぶりたいメンヘラなの。あ、証拠ね』
と、送られてきたのは彼女の別サーバーでの暴れっぷりを写したスクリーンショット。
文面には、気持ち悪いハートマークやら笑顔スタンプやらを貼り付けまくり、男にこびまくった彼女の長文会話がずらり。最後には『頂き成功』と、自身が男から金を巻き上げることに何の罪悪感も持ってなさそうな文面まで。
さあ、と自分の中で熱が冷めていった。
彼女を擁護してる自分がなんと馬鹿だったのかと、ぶん殴られた気分だ。
マジか……。
男も大概だが、女って怖ぇな……。
『ルミィ:ごめん。余計なお世話だったかな』
『タク:いや。すみません。こっちこそ失礼しました。助かりました』
『ルミィ:ううん。ほら、タク君この前ボスのHP検証データ貼ってくれたじゃない? あたしが質問したやつ。あれすごく役に立ったからさ。お礼、じゃないけど』
『タク:いや。攻略サーバーに参加してるんだから、情報貰うだけじゃなくて手伝わないとなと思って』
『ルミィ:ありがとね。ていうかさ、攻略サーバーなんだからゲームの話しすればいいのにねぇ』
彼女の言葉に、あまりに心底からそう思ったので、それな! と呟いてしまった。
俺達はゲームをしたくて、ゲームサーバーに集まっているのだ。
そもそもゲームは世の中の嫌なことや面倒事を紛らわせるために遊んでいるのであって、わざわざゲームの世界にまでドロドロの関係を持ち込まないで欲しい。
ああもう、本当に腹が立つ。
下心丸出しの男も。
誘い受けする女も。
ゲーム好きで集まったなら、ゲームを楽しめ。
そう愚痴ると、彼女も『そうそう』と頷いて。
『ルミィ:ゲームなんだからゲーム楽しまないとね。あ、この後一戦どう? 厄払い、厄払い』
『タク:助かる。すまん、いい?』
『ルミィ:了解。ボスをたこ殴りにしにいこうぜっ』
それが彼女――ルミィさんとはじめて交わした会話だった。
その後、例のサーバーは男女トラブルの発生やら管理者乗っ取りが起きたせいで潰れてしまったが、俺とルミィさんとの付き合いはその後も続いた。
互いの趣味が似ていたこと。
話してて、楽しかったこと。
なにより、お互い遠慮なく物事を言い合えること。
価値観が合う、といえば良いのだろうか。
彼女はいつも適当な会話を許してくれるし、仮に話が途切れても、返事の催促を求めない。
それは、気楽な関係を求める俺の好みに、不思議なくらいフィットした。
そうして気づけば一年が過ぎ、何となく『オフ会する?』と誘われ。
じつは自宅の距離が自転車で二十分程度の近場と知り、初めて顔を合わせ――その頃から可愛い子だなと、密かに思ってはいたけれど。
俺達はあくまで”友達”として楽しく付き合っていた。
*
……はず、だったが。
まさか今日、家に来るとは。
もちろん彼女が自宅に来るのも初めてだ。
っていうか、家に異性を案内すること自体、初だ。
……で、掃除と片付けはしたが、あと何が必要なんだ?
と、とりあえず例のゴムがちゃんとあるかをチェックして……って、まず確認するのがそれかよ、俺。
でも仕方ないだろ、意識するもんはするし!
と、あたふたしてる間にチャイムが鳴った。
早ぇよ!
慌ててドアを開くと「や、来たよ」と挨拶するルミィさん。
緊張してる……気配もない、にんまりとした笑顔。
薄茶の混じったショートボブ。
童顔だけどほんわかした頬は健康的で艶やかで、挨拶のために少し前屈みになったせいか、薄地のブラウスからでもはっきりとわかる豊かなものが思わず目について、……っていかん。意識しすぎだろ。
「い、いらっしゃい。どうぞ、ルミィさん」
「んふっ。分かりやすく焦ってるねぇ、童貞君」
「仕方ないだろそんなの! てか、ルミィさんは緊張しないのかよ」
「超してる。けどほら、タク君が緊張してるの見ると、ちょっと落ち着けるっていうかさぁ。ホラゲで隣の人が悲鳴あげてると落ち着く感じ?」
「俺はお化けか何かかよ」
ニコニコ笑いつつ靴を脱いで部屋に上がり、お、部屋綺麗じゃんと笑うルミィさん。
そんな彼女がまず目をつけたのは、ベッドでも風呂場でもなく――俺のPCデスクに置かれたモニターと椅子だ。
「デュアルモニター便利だよね。お、話には聞いてたけどPC格好いいじゃん! Ryzinのそこそこいいやつだよねコレ。結構した? あとゲーミングチェアもこれいいね、十万くらいしない?」
「ああ。長時間座るなら、椅子はこだわろうと思って」
「わかるー、今度あたしにもお勧め教えてくんない?」
いいねぇいいねぇ、と椅子をなで始める彼女。
続けてPCをまじまじと見つめ、デスクトップ画面を眺めて「えっちなデスクトップしてるかと思った」と言い出したので、んなことないと返す。
「画面共有で俺のデスクトップ見てるだろ、ルミィさん。他人に見られてもいいトップにしてるよ」
「そうだった。で、えっちなゲームや動画はどこに保存してるの?」
「……隠しフォルダに、まあ」
ばか正直に白状してしまった。
自分でもアホかと思うが、でもまあ、いつものルミィさんらしい会話だ。
……お陰で、俺もちょっとだけ落ち着いた。
「あー、ルミィさん。最後にもっかい聞いていい?」
「うん? なに?」
「その……今からやる、っていう話だけどさ」
「うん。あ、嘘じゃないよ? あたしそういう冗談は言わないから」
「そこは信じてる。ただ、確認っていうか」
気楽な関係がいいと言いつつ、こんな質問。面倒くさいヤツだ、って思われるかもしれない。
けど、きちんと彼女から直に聞いておきたい。
話が重くなるのは嫌だけど、でも――
「本当に、俺でいいのかな、って」
「いいよっ」
「返事早ぇなオイ!」
親指を立てて笑う彼女に、思わず突っ込んでしまった。
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しばらくは一日2話程度ペースで更新予定です。
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