第3話 こんな美少女を抱けるのだ、喜びたまえ勇者よ

「あー、そのな? ルミィさん。俺こう見えてもへたれでびびりだから、一応聞きたいんだけどさ」

「タク君らしいねぇ。素直に据え膳食えばよろしいのに」

「ご飯を食べる前に『頂きます』の挨拶は大事だろ」

「わー、らしい言い訳。でもちゃん聞こうっ」


 ベッドにちまっと座り、背筋をぴんと立てるルミィさん。

 彼女の方が男らしいな……と申し訳なくなるが、内心ヘタレでびびりな俺はどうしても聞きたかった。


 彼女のためではない。

 俺自身のために、だ。


「正直さ、ルミィさんってモテるよな?」

「まー、そこそこ?」

「俺は学生の頃から真面目……って自分で言うのはどうかと思うけど、あんまいい性格してなくてさ。彼女いない歴=年齢みたいな男だけど。んなヤツ相手に初体験で、いいのかな、って」


 学生の頃から、人付きあいが苦手な自分に、コンプレックスがあった。

 趣味の範囲も狭く、そのせいで正直、大学のころは友達もおらずひたすら勉強ばかりしていた。

 おかげで国家試験や就職に困ることはなかったものの、仕事はいつも手一杯であたふたしている。


 頭はよくても、人付き合いはよろしくない。

 そんな自分が同じゲーマーとはいえ、ルミィさんみたいに明るくて誰にでもモテそうな子と、友達ならまだしも関係を結んでいいのかな、と。


「んー。あたしは別に、タク君がコミュ障だとは思わないけどね」

「そうか?」

「うん。話やすいし、それにタク君、話しなくても別にいいやーって感じがあるでしょ?」


 足をぶらぶらさせる彼女の太ももを思わず見てしまいつつ、それはまあ、と頷く。

 俺は元々、話し好きな方じゃない。

 話したいことがあれば話す、くらいが丁度いい。


「ほら、世の中めちゃくちゃ話し好きな人がいて、話さないと死んじゃうって人いるじゃん」

「いるいる」

「あたしそれが逆に面倒でさ? いいじゃん放っておいてよ、ってタイミングがあるのね。そーゆーとき、タク君って放っておいてくれるし」

「俺もそういうタイプだからな」

「そういう相手だから、いいなーって思うんだよ」


 ふふんと彼女が笑い、ごろん、とベッドに仰向けで寝転がる。

 その拍子にもちろん彼女の豊かなものがはっきりと天井向きになり、つい顔を赤くしながら目を背けてしまう。


「あたしさ。結構な田舎育ちなんだけど、田舎って人付き合いが近いんだよね。ちょっと歩いてるだけで近所のおばさんもおじさんも挨拶してくるし、今日あそこ歩いてたよね、誰かと遭ったの、同級生の彼といい感じだよねって。うっっっざ!!! お前あたしの何なんだよ! って」


 足をジタバタする彼女だが、その気持ちは分かる。

 俺は彼女と違ってそこそこの都会育ちだが、親が口うるさいタイプだったし、学校でも色々言われた。

 気の合う男子と仲良くゲームしたくて遊んでたら、クラスメイトからホモだの何だの馬鹿にされ、学級委員まで開かれて最近の性問題についてどうとか……。


 放っておいてくれ。

 ただ俺は自由に、好きにしたいだけなんだ、って気持ちは、よく分かる。


「だから、あたしを放っておいてくれて、けど楽しいときは付き合ってくれる友達がいいなー……って思ってたら、タク君と会えてさ。顔合わせたのは数回だけど、ネットだともう一年以上も話してるでしょ? なら信頼できるな、って」

「まあ。ルミィさんのことは俺もすごい、楽しい友達として見てる」

「ヤッたら関係変わる?」

「そりゃあ緊張はするし、ちょっと意識はするけど。……でも」


 俺はいま、ものすごく緊張してるし、彼女をいやらしい目で見ている。

 友達とゲーセン行ってボウリングするのとは訳が違うし、マジで今も、彼女のふくよかな胸元を目にしてドキドキが止まらない程だ。


 ――けど。

 けど、彼女との関係は、もちろん身体だけじゃなくて。


「ルミィさんとは、まあ。男としてめっちゃ興奮はするけど、でも、友達でもいたいなって思う」

「うん」

「一緒にいて楽しいし、気を遣わなくていい相手って、すごい嬉しい」

「良かった。まあ今回のことは、あたしが一方的にお願いしてるから、申し訳なく思うけど」

「や、俺にもめちゃくちゃメリットあるし」

「だよね! こんな美少女を抱けるのだ、喜びたまえ勇者よ」


 誰が勇者だ。

 ……けど、俺は今日勇者になるかもしれん。主に自分の下半身が。

 って、何言ってんだ俺。頭がバグりそうだ――


「ってことで、お風呂借りるね?」

「あ、ああ」

「それとも、もうちょっと話しする? あたしも緊張してて、早口になってると思うけど」


 よっ、と身体を起こし、にひ~、っと白い歯をみせて笑うルミィさん。

 笑顔が可愛いなあ。っていうか俺いまからこの子とやるのかぁ……と、頭の中がそれだけで真っ白になるのを何とか抑え、拳を握る。


「お風呂、どうぞ。てか俺が先に入ろうか」

「そう?」

「ルミィさんが先にお風呂から出てきて、バスタオル一枚とかだったら我慢できる気がしない」

「そーゆーの素直に言っちゃうの、タク君のいいとこだよね。ヘンに気張ってる口だけの男より、好き」

「そ、そうか。てか、好きとか言われると恥ずかしい」

「もっと恥ずかしいこと、今からするから大丈夫っ。よし、じゃあお風呂行っておいで」


 ぽんと肩を叩かれ、ホント、恥ずかしながら彼女のほうが男らしいよな……。

 と、今さら女々しさを覚えつつ、俺も椅子から身体を起こす。


 とにかく、身を清めよう。

 せめて万全の体制で、彼女を迎えよう、と気合いを入れつつ、これからの事に妄想を膨らませ――




 ピリリ、と。

 そんな俺の気合いを砕くように、彼女のスマホが音を鳴らした。


 お? お?

 と、ルミィさんがスマホを手に取り、途端に苦い顔をする。

 唇に人差し指をあて、しーっ、と静かに。


 彼女が耳にあて「どしたの、お母さん」と話を始めて数秒後。


「え!? 爺ちゃんが転んで頭打った?」


 ルミィさんの、ひっくり返るような声が、狭い1KDに響いた。

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