第56話 最終戦 MOTEGI決戦
11月半ば、MOTEGI。雪はまだだが、風が冷たい。ジュンは、ホテルではなく、RS SATOのモーターホームで週末を迎えている。ワイルドカードでMotoGPに参戦した時の初心にもどろうという考えだった。
金曜日の練習走行では、4番手のタイムだった。このままでは、表彰台はおぼつかない。やはり、右ターンが攻められないでいた。
金曜日の夜、メカの木村が変なことを言っていた。
「岡崎さんからメールがきてました」
けげんな顔をしながら、その画面をジュンに見せた。
「なんだって?」
と言いながら、画面をのぞくと
「右足をなおせ」
とだけ書いてあった。
「岡崎さんが俺に(右足をなおせ)というのは変ですよね。俺の右足は何ともないのに・・・なんで、こんなメールを寄こしたんだろう?」
ジュンは、岡崎が自分にあてたメールだということがすぐにわかった。チームが違うので、直接自分には連絡できない。だから、メカの木村に寄こしたのだろう。だが、
「右足をなおせ」
だけでは、どう直せばいいのかわからなかった。そこに、チーム監督のデカルメから呼びだしがあった。彼のところに行くと、パソコンの画面にマルケルが映っている。TV電話だ。
「 Hello ! How are you ? 」
(こんにちは。元気ですか?)
とジュンが聞くと、マルケルはにこやかに
「 So so . By the way , do you have a trouble ? 」
(まあまあね。ところでおまえはトラブルを抱えているのか?)
「 Yes , I have a trouble for right turn . 」
(はい、右ターンに問題をかかえています)
「 I think so . You have a problem with how to use the knee . Do you have a weakness consciousness in the right turn ? 」
(そうだね。膝の使い方に問題がある。右ターンに苦手意識があるんじゃないか?)
マルケルはさすがだ。ビデオの映像を見ただけでわかるのだ。
「 A little . I don't worry the left turn , the right turn is taut . 」
(少しあります。左ターンは苦にならないのですが、右ターンは緊張します)
「 It's as expected . You have to fold up the knee a little more . Because you are tense , the knee is being taken out too much , a bank sensor of a right knee , is breathed right now . So there is few how to knock down a machine . Please , be conscious , you have to fold up the knee . And , believe the machine . You can do it . 」
(やはりね。膝をもう少したたんだらどうだ。緊張するから余計に膝をだしているから、右膝のバンクセンサーをすぐすってしまう。その分、マシンの倒し込みが少ないということだ。マシンを信じろ。おまえならできるよ)
膝をたたんで走るのはマルケルの専売特許だ。スペンサーもチャレンジしているが、転倒の回数も多い。そう簡単にできることではない。ジュンは、マルケルのアドバイスに感謝して、イメージトレーニングをして眠りに入った。
土曜日の予選。天気は雨。せっかくのイメージトレーニングは活かされなかった。明日の決勝日は晴れの予報なので、イメージトレーニングの実行はぶっつけ本番だ。
予選の結果は、
1列目 ルッシ・スペンサー・リンツ
予選だけならスペンサーはH社のエースだ。
2列目 ジュン・ハインツ・クワンタロ
チャンピオン争いの3人が並ぶ。
3列目 岩上・大倉・ミロ
日本人3人がベスト10に入った。
日曜日、雲ひとつない晴天だ。日本人3人が予選上位に入っているので、観客席は大盛り上がりだ。今までにないくらいの観客数だ。90度コーナーは観客席にはいれない立ち見の客でいっぱいだ。ましてや、引退を発表しているルッシの最終戦だ。多くの外国人もやってきている。メインスタンドの一画は、イエローのフラッグだらけだ。ポールポジションをとっているので、その一画はもう優勝している雰囲気になっている。
午前のウォームアップランで、ジュンはイメージトレーニングどおりに走ってみた。3周目あたりから、いつもより倒せた感がしてきた。一度ピットにもどって、タイムを確かめると、金曜日のフリー走行より0.5秒縮まっている。ジュンは(イケル)と感じた。監督のデカルメもにんまりしている。後は転倒しないことだ。残りの周回でも、チャレンジしてみた。しかし、スペンサーのタイムを上回ることはできない。ビデオで確かめると、コーナーの立ち上がりが違う。スペンサーはマシンをふるわせながらアクセルを思いっきりあけている。これではタイヤがもたないと、ジュンは思った。レース全体を考えたら、もっとタイヤをいたわらなければならないと思っていた。でも、スペンサーは違う。前半に無理をしてでも、リードをとって、後半は余裕で走るという逃げ切りパターンの走法なのだ。
例年、プログラムの最後に行われているアジアカップレースが、今回は最初に行われていた。レースパンフレットには、MotoGP終了後に「スペシャルイベント・ブルーインパルス飛来予定」と書かれている。観客には知らされていなかったが、レース関係者は皆ジュンの結婚イベントだと知っていた。だが、その内容を知る者は少なかった。肝心のジュンでさえ、どうなるか知らされていなかったのだ。ジュリアは、昨日からその準備に入っていたようだが、ジュンの目の前には現れていなかった。ジュンは、レースに集中したかったが、周りの人間がニヤニヤしているのが気持ち悪かった。
午後2時半、決勝スタート。
1周目、混乱なく第1コーナーを抜けた。ジュンはアウト側だったので、ラインどおりにターンできた。バックストレッチでスペンサーがロッシを抜き、トップにでた。観客席からは大きなブーイングがわき上がっている。
2周目、ジュンは右コーナーの第1コーナーでルッシとリンツのペースについていくことができた。膝のたたみこみは、うまくいっている。抜くまではいかないが、トップ集団についていける自信がでてきた。スペンサーは、2位ロッシに1車分の差をつけている。
5周目、トップは変わらずスペンサー。10mほどのリードを保っている。2位集団は、ルッシ・リンツ・ジュン・ハインツ・クワンタロの5人だ。ルッシがメインスタンド前を通り抜けると、ワーと大きな歓声の波が聞こえてくる。
10周目、スペンサーのタイムが伸びなくなった。タイヤを無理強いしているので、そろそろきつくなったか、スペンサー自身で安全策をとったのだろうか。
15周目、スペンサーが集団にのみ込まれた。やはりタイヤにトラブルを抱えているようだ。
20周目、第1コーナーでスペンサーのマシンがぐらついた。そして、アウトにいたルッシのマシンに接触。2台は左のグラベルに倒れ込んでいった。メインスタンドからは、大きなため息とスペンサーに対する罵声がとんでいた。
トップはリンツ、2位にジュン、3位はクワンタロ、4位にハインツ。優勝はこの4人にしぼられた。このままの順位だと、リンツが246点、ジュンは247点、クワンタロが250点、ハインツは243点となる。このままでは、クワンタロがチャンピオンだ。
25周目、ファイナルラップ。ジュンはバックストレッチ後の90度コーナーで勝負をかけた。アウトから抜くと見せかけて、リンツのマシンがやや左にふれたところで、すばやくインをさした。ブレーキング競争だ。タイヤスモークがたつ。リンツは曲がりきれなくて、グラベルに突っ込んでいった。ジュンは、心臓の音が響いているのがわかった。
最後のビクトリーコーナーを抜けて、チェッカーフラッグを受けた。最終戦で優勝! 今シーズン2勝目。やっとの2勝目だ。サーキットのどこかにいる勝利の女神のおかげかもしれないとジュンは思った。
さて、2位はと後ろを振り返ると、ハインツとクワンタロが並んでフィニッシュしていた。クワンタロが2位だと、ジュンはチャンピオンになれない。
レースアナウンサーは、
「ハインツが2位!」
と叫んでいる。となると、ジュンのポイントは252点、ハインツが249点、クワルタルロが250点となり、ジュンが年間チャンピオンとなった。ハインツのナイスアシストだ。ジュンは、ドキドキが収まらなかったが、ウィニングランをこなした。ハインツをはじめ、多くのライダーが祝福のグータッチをしてジュンを追い抜いていく。
表彰台では、ジュンは年間チャンピオンのTシャツを着て登場した。ピットクルーも全員着ている。優勝記念のゴールドのヘルメットも贈呈されていた。
表彰式を終えて、シュンが優勝トロフィーとヘルメットを掲げたところに、ヘリコプターの爆音がホームストレート上に鳴り響いた。観客のだれもが、何事かといぶかしがっている。
ヘリコプターは10mほどの高さでホバリングをし始めた。扉をあけて出てきたのは、ウェディングドレスを着たジュリアだ。安全装備をつけて、ヘリコプターからロープで降りてきた。災害地では救助隊員といっしょに引き揚げられるが、ジュリアが一人で降ろされた。下にいた救助隊員が安全装備を外したところに、ドレスアップされた三輪バイクが登場し、ジュリアは後部座席に座った。改造されていて、後部座席に二人が座れるようになっている。白バイ隊員の運転で、表彰台の近くまでやってきた。ジュンがレースアナウンサーに促されて、三輪バイクに乗り、ジュリアにキスをした。周りがワァーと歓声に包まれ、拍手喝采となった。
その後、2台の白バイに先導されてジュンとジュリアのパレードが始まった。すると、パドックから多くのマシンがそれに続いた。転倒したロッシやスペンサーもサブのマシンに乗って、三輪バイクに追随している。Moto2やMoto3のマシンもいる。オフィシャルのマシンまでいる。なんだかんだで、100台を越えている。
コースオフィシャルは全員がフラッグを振って祝福している。壮観なながめだ。今まで、こんな感動的なパレードランがあっただろうか。年間チャンピオンのウェディングパレードは前代未聞だ。
パレードが終わろうとした時、耳をつんざく轟音がサーキットを包んだ。ホームストレート上を2機のブルーインパルスが左右から飛来してきたのだ。そのまま上昇していって、きれいなハートマークを描いた。サーキット内には満場の拍手がわき起こっていた。
日本人初の世界最高峰クラスでのチャンピオン登場で皆がハッピーになった瞬間となった。
その夜、レストラン「蓮」で開催されたパーティーは、室内だけでは足りず、駐車場にテントを張っての立食パーティーとなった。
幹事筆頭の佐藤眞二があいさつに立った。
「ジュンくん、ジュリアさんおめでとう。あなた方は、多くの人たちに祝福されています。そして、多くの人にハッピーな気持ちを与えてくれました。仲間として嬉しく思います。それにしても、ブルーインパルスに祝福されるなんて前代未聞ですよ。実は、今回、一番難しかったのは自衛隊との交渉でした。ヘリまではさほど問題なかったのですが、ブルーインパルスを呼ぶのが大変でした。最初は結婚式には飛ばせないと言われました。でも、世界にアピールするいい機会ですよ。という説得をして、飛ばしてもらったんです。実は、あのハートマークはこちらから依頼したことではなく、自衛隊からの申し出でした。自衛隊も粋なもんですね」
会場から大きな拍手がわいていた。
ジュリアは、全ての招待客にあいさつをしていたが、ジュンは早々にへべれけになり、ダウンしてしまった。レースには強いが、アルコールには弱いジュンであった。
ジュン&ジュリア、おめでとう!
完 2023.6.6
あとがき
最後まで読んでいただき、ありがとうございます。この小説は、2021年に書き上げ、原稿の段階でSUGOやMOTEGIのオフィシャル仲間に読んでもらいました。「長すぎる」「転倒が多い」「ありえない」という批判をいただきましたが、概ね好意的にとらえてもらったので、今回のカクヨム掲載に踏み切った次第です。
最後に、オフィシャル仲間やレース関係者に感謝するとともに、レースやバイク事故で命を落としたレーサーの方々の冥福を祈ります。
P.S. レース小説第2弾として、「SUGOラリー」をアップしました。ラリーに興味がある方は読んでみてください。
飛鳥 竜二
レーサー 飛鳥 竜二 @taryuji
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