勇者と魔王②
喜びは悲しみに変わり、怒りは恨みに変わり、後悔を持って復讐の火を灯す。
何にぶつければ良いのか、ただ皆は平和が欲しかっただけなのだ。
墨のように転がる物に対して何の思いも感じなくなった頃、自身の変化に気が付いた。
空腹も睡魔も感じない。
窓の残骸に映る自分自身が目に映った。
元の優しげな姿は微塵もない。漆黒の角、それとは逆に真っ白な髪。つり上がった目は瞳が黒く淀み、悪魔のような風貌と化していた。
驚いて後ろに飛び退いたが、再び近付いてもう一度確かめた。
間違いない、それはかつて彼が倒した者。
笑いが込み上げる程の怒りと憎しみが彼の魔力を変化させたのだ。
裏切りと絶望を植え付けた人間へ向けられた感情、それは復讐と言う言葉では現しきれない。
やりきれない思いをそのまま黒い魔力に込めて受け入れた。
「俺が魔王となり滅ぼしてやろう」
魔王が生まれたのなら、勇者もまた再び生まれるだろう。
その前に終わらせる。
そのつもりで動いたはずだった。
捨てきれない人の部分が幾度も魔王を襲う。
その度に攻撃の手は緩み、人間達は建て直し反撃してくる。
そして勇者が再び世界に生まれて来た。
勇者の成長は早い、かつての魔王がそうだったように。
平和な未来を信じているだろう勇者には迷いがなかった。
魔王の薄れ行く感情を呼び起こすのは勇者。それは魔王の心を掻き乱し躊躇させた。
勇者が魔王の城へ足を踏み入れた。
再び悲劇が繰り返されようとしている。
「ここまでだ!お前の好きにはさせない!」
かつての自分自身と同じ若者が立ちはだかった。
出来る事ならば逃がしてやりたい。
「今なら許してやろう。引き返し残りの生を生きるがいい」
「引けば皆が死ぬ」
「ならばお前とお前が助けたい者を選べ。救ってやろう」
「断る!」
魔王の記憶の片隅にあった会話が蘇る。
(俺が倒した魔王も同じ事を言っていた)
魔王は勇者を生かそうとしたが、それは叶わない願いとなった。
あの時の魔王もまた提案を受け入れなかったのだから。
勇者の刃が魔王を貫く。
勇者よ、これからお前に起こる全てが俺とは違う物でありますように。
そう願わずにはいられなかった。
人間達の心が変わらない限り魔王と言う人柱が現れ、魔王が生まれれば天がそれを排除しようとするのだから。
魔王は薄れいく意識の中で勇者の束の間の喜びを見た。
どこまでも繰り返す流れに絶望しながら魔王は思う
(これで『俺は』終われるのだ)と。
勇者と魔王 半場あぐ @Kairi-R
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