第7話

ウラは湖に来ては泣いていた。もはやそれが日課と言っても過言ではないほど。

ラナやダイレンに涙を見せるのは何故か気が引けた。

愛されていることがわかっていても、彼らは『親』ではないのだから。

弱いところを見せてはいけない。泣いて泣いて泣き腫らした目で毎日帰るものだから、彼らはもちろん気づいていたがウラはそれに気づくには幼過ぎた。


もう少しで夕方に差し掛かる時間帯。

背中に差す太陽の光は温かく、少しスポットライトのようでウラの悔しくて悲しい気持ちをより一層ドラマティックに演出してくれているようだ。

小さく嗚咽をあげて泣く。

この時間帯、森に人はいない。普通の子供たちは学校というところに行っている時間なのだ。

ウラはその生い立ちから、学校という人間の子どもの集まりとは関わらない方が良いだろうとダイレンたちが判断していた。

ウラもなんとなくそれが良いのだと受け取っている。

だって、たまに出会う人間の子どもたちは酷く意地悪だから。

珍しい銀の髪やその色に近い銀の虹彩に金色の瞳孔を持つウラを「変な見た目」や、どこから知ったのか「取り替えっ子」と言ってからかう。

「そんなことは気にしなくていいのよ」とラナもダイレンも言うが、彼らはウラに自らを『家族』とは言ってくれなかった。それがウラにとっては距離を感じて孤独感を煽るのだ。


ひとりぽっち。


その言葉がウラの中にグルグルと巡る。


魔法も使えないこんな自分では、いずれ二人に見限られて捨てられてしまう。

いつからか、そんな漠然とした不安を抱えるようになった。

その不安が更に魔法技術の修行へのモチベーションになりはするけれど、そうであるがゆえに毎日のように「今日も魔法が使えなかった」と落胆させる要因でもあるのだ。


ウラは今日も泣いていた。

風の精霊や、湖の精霊たちが心配そうに顔を覗き込み

たまに頬っぺたをつついて笑わせようとしてくれる。

けれど毎度のことながらそんなことではこの悔しさからは逃れられないのだ。

「あとは、光と闇の魔法か」

ダイレンが呟いたその言葉が頭を巡る。


光と闇の魔法。

ウラはそれを魔導書によって学んだことがある。

光は創造する力。そして闇は滅する力。

ウラはその、自然界の摂理から離れた魔法がどうしても怖かったのだ。

絶対的に覆せない、自分の理解の範疇を超えてしまうようなその力が怖くて、後がないとはわかっていつつも足を踏み出せないでいる。

ダイレンはそれを知ってか知らずか、ウラの言葉を尊重して光と闇の魔法の修行には進まないていてくれているだけなのだ。

本心では、その魔法を使えるのか否か試してみたいという雰囲気をウラはちゃんと感じ取っていた。


魔法も使えないくせに、弱虫でごめんなさい。


そう思うと更に泣けてくる。

ウラはいつもよりも長く泣いた。


そろそろ日が翳るという頃。

その少年は現れた。

人の気配を感じて突っ伏していた顔を持ち上げたウラは、湖の映った彼を見た。

ボロボロの衣服に裸足。何日も洗髪していないようなボサボサの髪。血こそ流れていないものの、はだけた胸元から体が傷だらけなのがわかる。

左目はほどけかけた包帯で隠されている。


「大丈夫?」


それはこっちのセリフだと言いたくなるような言葉を少年は言った。

ウラは湖越しに彼を見つめ、「あなたこそ」と言う。

彼の衝撃的な様相に、ウラの涙は止まった。

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銀の髪の魔女 ミズコシ @mizukoshi_

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