海馬の国のアリス

花野井あす

海馬の国のアリス


 わたしたち夢の妖精のお仕事は、人の記憶を整備することです。


 ぐっすりと眠った人の中に入って、今日の出来事を整理整頓。

 

 このお仕事を誰が決めたのか誰も知りません。

 何時からこの仕事をしているのか誰も知りません。

 

 でも、誰も不思議に思いはしないのです。

 それが当然のことですから。

 

 今日もせっせとお仕事をします。

 今日もせっさと夢の中を飛び回ります。


 夜。それは多くの夢の妖精たちが仕事に出かける時間です。

 妖精たちはせっせと身支度をして、人の元へと飛んで行きます。

 しかし、新米の妖精アリスはまだまだお空をうまく飛ぶことができません。

「やい、アリス。今日もヘマするなよ。」

「おまぬけさん、気をつけるのよ。」

「まちがっても混ざっちゃいけないよ。」

 せんぱいの妖精たちが、ちくちくと釘を差して飛び立って行きます。

 

 アリスは可愛らしいその真っ赤なほっぺたを膨らませました。

 アリスは「今日こそは、失敗しないよ。」とうんと年上の妖精たちに言います。

 

 その声は小鳥のようにころころとしてなんと愛らしいのでしょう。

 くりくりとした金色の髪に青いビー玉のようなお目々。まるで、お人形のようです。


 アリスはある女のひとのお家にやってきました。

 大学生のおねえさんです。

 おねえさんはぐっすりすやすや。

 アリスは窓の中にひょいと飛び込みます。


 おやおや、このおねえさんは夜更かしをしていたようです。

 つくえの上で本を広げて眠っています。

 

 アリスは腹ごしらえにクッキーをひとかけら、とりだします。

 もぐもぐ。ごっくん。

 アリスは準備万端。

 その羽をぱたぱたと羽ばたかせて、おねえさんの頭の上にうんしょと乗っかります。

 さあ、おしごとです。


 アリスはぐんぐん、ぐんぐん、おねえさんの中に入っていきます。

 おいしいご飯の記憶、先生にしかられた記憶、男のひとに愛をささやく記憶もあります。

 アリスはいろいろな色と形の記憶の欠片に目を輝かせます。

 なんて、きれいなのでしょう!

 こちらにはお友達と映画館にいっています。あちらには、お母さんに電話をしています。

 アリスはわくわく、どきどきしながら、ぐんぐん、ぐんぐんと進んでいきます。


 すると、羽の片方が、記憶の欠片に引っかかってしまいました。

 うんしょ、うんしょと羽を引っ張るのですが外れません。

 むうっと怒ったアリスは記憶の欠片をえいや、とけとばしました。


 すると、アリスはまっさかさま。

 アリスは半分こに割れてしまいます。

 

 ひとりのアリスは可愛らしいお布団の上に落ちていました。

 もうひとりのアリスな綺麗なティーカップの前に落っこちました。


 アリスは目を輝かせます。

 なんてきれいなティーカップでしょう!

 なんて美味しそうなココアなんでしょう!


 アリスはお布団の上でココアを飲むことにしました。

 しかしアリスはお布団の上に行けません。

 したがないので、お布団の上からティーカップを取ろうとするのですが、

 今度はお布団の上からティーカップを取りに行けません。


 うんしょ、うんしょ。


 アリスはほとほと困ってしまいます。

 仕方がないので、アリスはお家に帰ることにしました。


 しかしアリスは帰り道がわかりません。

 ここはまだ、おねえさんの記憶の中だったのです。


 アリスは帰れなくなり、ええん、ええんと泣きます。

 しかしだれも返事をしてくれません。


 アリスはベッドから足を出そうとします。

 足は変わらずベッドの上にあります。


 アリスはティーカップから離れようとします。

 ティーカップは変わらず手元にあります。


 途方に暮れたアリス。

 どうしたらいいのでしょう。


 すると、壁の向こう側から、何か音楽が聞こえます。

 アリスは音のする方に羽を羽ばたかせます。


 アリスはひとつになって、ひたすら、ひたすら音のする方へ飛んでいきます。


 気がつくと、アリスはおねえさんの頭の上。

 音を鳴らしていたのは、目覚まし時計でした。


 疲れてしまったアリス。

 大きくあくびをしながらお外に出ます。

 アリスは庭にある大きなやなぎの木の根本で休むことにしました。


 すやすや。すやすや。


 アリスの今日のお仕事はここでおしまい。

 アリスは今日もお仕事に失敗してしまいました。

 

 

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海馬の国のアリス 花野井あす @asu_hana

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