第12話 無自覚なボディタッチは心臓に悪い。

「兄貴。たんぽぽちゃんマジいい子だね。幸せにしてもらいなよ……」

「お前数分前の自分の態度思い出してみろやコラ」


 キッチンから戻ってきた妹に、俺はついつい乱暴な言葉を浴びせかけてしまう。


 いや、だってしょうがなくない? あれだけ啖呵を切って出て行ったくせに、一瞬で綿貫さんにデレやがったんだから。手のひらドリルとかいうレベルじゃない。


 呆れ返っている俺に対し、空は何故かやれやれと肩をすくめる。なんだろう、すごくムカつく。


「いや、あれはしゃーないっすよ。たんぽぽちゃん健気だし可愛いし、あとお粥めっちゃ美味しかった」

「そうだね。お前が全部食べちゃったからまた新しく作り直してるみたいだけどね綿貫さん」

「……てへっ☆」

「お前ほんと、ほんとそういうところだからね……?」


 あと、すっっっごくどうでもいいけど、何で綿貫さんのことをもう名前呼びしてるんだろうか。俺の方が先に知り合ってたのに。ずるくない?


「でもでも、なおさら不思議だよね」

「なにが」

「あんな美人さんが兄貴なんかの見舞いに来たことが」

「え、もしかして今喧嘩売られた?」

「だって事実じゃん。ちょっと今までの人生を思い返してごらんなさい? たんぽぽちゃんみたいな美人さんにここまで尽くしてもらえた経験、一度でもありましたか?」

「……ゲームの中でなら」

「流石にその発言はどうかと思うよ。あたし、妹として泣きたくなっちゃったよ」

「うるさいな……」


 恋愛とは縁遠い生活を送ってきたんだからしょうがないだろ。


 でも、空の言う通り、確かに疑問ではある。

 綿貫さんとは秘密を共有している仲ではあるけれど、ここまでしてもらうような関係性ではないはずだ。そもそも友達にもなっていないしね。


 ……もしかしたら、俺が秘密をばらさないように根回しをしている? 見舞いにまで来てやったんだから約束を守れよな的な。確かに、それなら納得がいく。


「秘密をばらすつもりはないって言ったんだけどなあ」

「秘密? 何の話?」

「何でもない」

「何だよー。気になるじゃんかよー。妹に隠し事なんてずるいよ兄貴ー」

「うるさいな……」

「実の妹にそれは流石に酷くない?」


 病人の肩をがっくんがっくん揺らしてくる我が妹をどうやって部屋から追い出してやろうか考えていると――


「すまん。作り直しに時間かかっちまった」


 ――エプロン姿の綿貫さんが部屋に入ってきた。


 湯気が立つ鍋を厚手の手袋越しに掴むその姿は、面倒見のいいお母さんを彷彿とさせる。


 綿貫さんはベッド傍のシェルフに鍋敷きを、その上にゆっくりと鍋を置いた。


「唯野って、妹ちゃんと話す時は結構口調が荒くなるんだな」

「恥ずかしいから変な分析しないでください……」

「あははっ。珍しいなって思ったから、つい……な?」


 最近分かったことだけど、綿貫さんは俺をからかうのがかなりお好きらしい。……彼女にからかわれることを嫌だと思っていない自分がいるのは、あえて教えないけれど。


「んで、熱はどうなんだ? 少しは引いたか?」

「うーん、どうだろう。空とずっと喋ってたから、測れてないや」

「ふうん。どれどれ……」


 何を思ったのか、綿貫さんは俺の前髪をかき上げると、自分の額を俺の額に優しく押し付けてきた。


「ふーむ……うん、熱は下がってるみたいだな」


 え、なにこれ。なにこれなにこれなにこれ!?

 どうして綿貫さんの顔が目の前にあるの? 何でこんなに顔が近いの?

 どうしよう。心臓がバクバク鳴っている。もう少しで爆発してしまいそうなぐらい、鼓動が脈打っている。


 一瞬で口内がカラッカラに乾き、冷や汗がドッと噴き出す。

 明らかに風邪とは別の症状が出始める中、空が空気を切り裂くように話しかけてきた。


「兄貴、この人やばいよ。生粋の男たらしだよ。あたしいろんな意味で尊敬しちゃいそうだよ」

「は? 何言って――」


 空の言葉に疑問を投げかけようとした綿貫さんの身体が、ビギリと凍り付いた。


 凍った綿貫さんは数秒間そのままだったが、自分の行いをようやく認識できたのか、まるで氷を解かすかのように、一瞬で耳の先まで顔を紅蓮に染め上げた。


「まっ……ちがっ……お、弟にいつもする感じでやっちまっただけで……その、別に、そういうつもりじゃ……うぅ……」

「どうしよう兄貴。この人やばいよ。可愛すぎるよ。アオハル界の世界遺産だよ」

「空うるさい」

「そして兄貴は渾身のニヤケ顔。盛大にキモイです」

「空マジでうるさい」


 顔を真っ赤にしてその場にうずくまる綿貫さん。どうしよう、にやにやが止まらない。


 何かフォローを入れた方がいいだろうか――この後の行動を少し悩んでいると、綿貫さんが勢いよく立ち上がった。


 彼女は真っ赤な顔をしたまま、涙目で声を荒げる。


「ね、熱が下がったんなら、さっさとお粥を食いやがれ!」

「う、うん。そうだね。冷めちゃったらいけないし、食べないとね……」


 これ以上彼女を怒らせてはならない。


 俺はお粥の入った鍋に手を伸ば――


「え? たんぽぽちゃん、兄貴にあーんしてあげないの? ……いだぁっ!」


 ――す直前で妹に渾身のチョップをお見舞いした。


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隣の席のギャルの秘密を知ったら、一緒に推し活することになりました。 秋月月日 @tsukihi7

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