第11話 俺の妹がこんなにチョロすぎるわけがない


 キッチンの方から、まな板を包丁でたたく音が聞こえてくる。

 どうやら本当に、綿貫さんがお粥を作っているらしい。


 俺なんかのために彼女が手料理を振舞おうとしてくれていることに嬉しさを覚えるけど、今の俺はそれを素直に喜べない状況にいた。


「あの女、誰なん? 兄貴の何なん? つーか兄貴はあたしの看病を断ったくせに何であの女には頼んだの? 意味わかんなーい。意味わかんなーい!」


 ベッドの横に置いてある回転椅子。その上で足をバタバタさせながらブーイングを飛ばしまくる我が妹。


 縄張り意識を全力開放しているのか、それとも単に自分が邪険にされたことが未だに納得いっていないのか。理由はよく分からないが、とにかく空はスーパー不機嫌だった。


「同じクラスの綿貫さんだよ。さっきも説明したでしょ……?」

「そういうことじゃないんだなぁ。兄貴は女心ってのが分かってないよ」

「最近自覚してるからそれ言われてもノーダメージだからね」

「こ、こいつ、成長してやがる……!」


 当然だ。妹には悪いが、いつまでも拗らせオタクでいる気はない。


「むー。兄貴はずっとぼっちだったのになぁ。いつの間にあんな美人さんとお友達になったわけ?」

「友達ってわけじゃないんだけど……」

「え。友達じゃないなら何?」

「それは……ちょっと言えないかな」

「……兄貴、お金で買える関係は今の内にやめておいた方がいいと思うよ?」

「お前ほんっとーに失礼だな!」


 同級生相手にパパ活してるとでも思われたのだろうか。実の兄貴がそんなことをする人間じゃないことぐらい誰よりも分かっているだろうに。


 慰めるように肩を叩いてくる空の手を振り払い、俺は大きく溜息を吐く。


「とにかく、最近仲良くしてもらってるだけで、友達とかそういうんじゃないから。今日もただプリント渡すついでに来てくれただけらしいし」

「友達でもない男の家にわざわざお見舞いで上がり込んだりしますかね普通?」

「綿貫さんは優しいからなあ」

「あ、ダメだこいつ。盲目だ盲目。これだから女子に免疫のない童貞は……」

「兄を童貞呼ばわりするんじゃない」

「だって事実じゃん。兄貴、二次元嫁が恋人じゃん」

「二次元は好きだけど別にリアルを諦めたわけじゃないよ!?」

「はいはい。強がり強がり」

「こ、こいつ……!」


 もうこいつに何を言っても無駄だろう。昔から空に口喧嘩で勝った試しなんかないし。はぁ、いったい誰に似たんだか。


「しょうがない! ここはひとつ、あたしが一肌脱ぐとしましょうか」


 そう言うと、空は椅子から勢いよく立ち上がった。


「何をするつもりか知らないけど、嫌な予感しかしないからやめろ」

「まーまーまーまー。そう言うなよ兄貴。あたしがいい感じに場を収めてきてやるからさ……♪」

「誰も頼んでないから! おい、ちょっ、マジでやめ――」

「いってきまーす!」


 俺の制止など意にも介さず、空は部屋から出て行った。足音の方向から予測するに、彼女の目的地はおそらくキッチンだ。


 つまり、綿貫さんと接触しに行った。


「綿貫さんに変なこと言うんじゃないぞマジで……」


 妹のせいで今の関係が崩れたら目も当てられない。空はああ見えて限度を弁えてるやつだから大丈夫だとは思うけれど、それでも心配だ。


 妹が初対面相手に失礼な言動をしないかハラハラしていると、開きっぱなしの扉の向こうから二人の会話が聞こえてきた。


「へいへいへい! そこのクラスメートさんよぉ! 兄貴を困らせる奴ぁ、この可愛い可愛い妹の空ちゃんが許さないぜ!」

「お、妹ちゃんか。ちょうどよかった。これ、味見してくんね?」

「え? するするしますぅ! 空、味見だーい好き!」


 あまりにもチョロすぎる妹に、俺は体調不良とは別ベクトルの頭痛を覚えた。

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