第10話 綿貫さん、突然の襲来。

「よっ、唯野。ぐっすり寝てたな」


 目を覚ますと、眼前に綿貫さんの顔があった。


 現在状況の意味が分からず、思考が完全にストップする。

 綿貫さんが目の前に、ココ、オレノイエ……俺の家!?


「な、何でここに綿貫さんが!?」

「ちょっ、いきなり興奮すんなって。風邪が悪化したらどうすんだよ」

「あ、えと……ごめんなさい?」


 別に自分は何も悪くないのについ謝ってしまった。

 乱れた呼吸を整えながら起き上がり、ベッドに腰掛ける。


「……もう一度聞くけど、どうしてここに綿貫さんが?」

「妹ちゃんが家に入れてくれたからな」

「いや、どうやって入ってきたかじゃなくてね?」

「あはは。わーってるわーってる」


 そう言って、俺に一枚の紙を差し出す綿貫さん。


「これ、文化祭期間中の授業時間変更についてのプリント。唯野って友達全然いないから、私ぐらいしかいなかったんだよね」

「……ごめん」

「あ、いや、今のは言い方が悪かった。ごめん」


 綿貫さんはあせあせと身振り手振りで誤魔化しながら、


「本当は、私が渡しに行きますって先生に提案したんだ。その……見舞いに行く口実が、欲しくてさ……」

「え……?」


 綿貫さんが俺を見舞い? 何故?

 そんな疑問を俺が口にする前に、綿貫さんは言葉を続けた。


「私、一度でいいから友達の見舞いってやつ、してみたかったんだよな!」

「……あぁ、そういう」


 俺の見舞いに来たかった、とかそういう意味合いかと一瞬期待したのに。結局は妄想癖の激しいオタクで童貞な俺の淡い期待でしかなかったということか。……別に泣いてないですよ、ええ。


「(心配した、なんて恥ずかしくて言えねーよ)」

「え、ごめん。考え事してて聞き逃しちゃった。今なんて?」

「病人は黙って寝てろ」

「急に圧強くない?」


 本当に女子って何を考えてるのか分からない。最近女心ってやつを学ぶために少女漫画に手を出したりしてるけど、いつか完全に理解できる日は来るんだろうか?


「とにかく、今日はプリントを渡すついでに見舞いに来ただけだから。別に、心配したから来てやったとか、そういうんじゃないんだからな!」

「ここまで雑なツンデレを披露されると期待なんて全部吹き飛ぶなあ……」

「うるせーな。で、やってほしいこととかねーのか? お粥でも作ってやろーか?」

「綿貫さんが、お粥を……?」

「オイコラなんだその疑いの眼差しは。もしかしてお前、私が料理できない系女子だと思ってんのか!?」

「えと……まあ、割と……?」

「かっちーん」


 怒った時に「かっちーん」なんてわざわざ言葉に出す人初めて見たな。可愛い。


「これは私の料理の腕前ってやつを披露してやらねーといけねーみたいだな」

「いや、そんな無理しなくても……体調も良くなってきたし、コンビニで何か軽食を買えばいいから……」

「作る! 作らせろ! 作ってやるよ! 私特製のお粥を食えば、風邪なんてイチコロなんだからな!」

「それもう新手の特効薬では?」


 よく分からないけど、綿貫さんの闘志に俺が薪をくべてしまったらしい。


 でも、綿貫さんの手料理か……お粥とはいえ、異性が俺のために料理を作ってくれたことってあんまりないから、純粋にうれしいな。ちなみに、なんで「あんまり」なのかというと、空が何度か俺に料理を作ってくれたからである。当然、まともに食えた試しはないけど。


 綿貫さんは鞄から財布を取り出すと、


「今から材料買ってくる。その後にキッチンを使わせてもらうが、構わんな!?」

「何でそんな武士口調……? 別にいいけど、調理器具の場所とか教えた方がいい?」

「いや、どの家もそんなに変わんないだろうし大丈夫。お前は大人しく寝て待ってろって。最高に美味いお粥を作ってやるからさ!」


 お粥って誰が作っても美味しくなる料理だと思うんだけど、そこまで言うなら期待して待っておこうかな。


「んじゃ、行ってくる!」

「いってらっしゃい」


 ややテンションがおかしい綿貫さんを見送り、布団の中へといそいそ潜っていく俺。


「……今の、ちょっと夫婦っぽかったな」


 そんなキモイことを考えてしまうぐらいには、俺の体調はまだ不調のようだった。

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