第9話 やかまし妹は看病がしたい。


 綿貫さんとコラボカフェに行った数日後。

 俺は盛大に風邪を引いていた。


「あー……やらかしたー……」


 起きた直後になんだか体がだるくて、熱を測ったら37度を優に超えていた。それもこれも、発売したばかりのRPGを寝ずにプレイしていたのが原因だろう。


 高熱にうなされながら、睡眠の大切さを再認識する俺。だけど、熱のせいで思考が上手くまとまらない。あれ? そもそも何考えてたっけ……?


「だめだ。熱が下がるまで寝よう……げほごほっ!」


 咳き込んだ勢いのままに後頭部を氷嚢に押し付けると、柔らかな感触が返ってきた。いかん、氷が完全に溶けてしまっている。


 気怠さのせいでベッドから起き上がるのはきついけど、両親は共に仕事に行っているので頼ることはできない。


 だとすると、アイツにお願いすることになるんだけど……絶対に嫌だなあ。


「しょうがない。我慢して寝るか……」


 氷じゃなくても頭は冷やせるだろ、と諦めの境地に達した――その直後。


「へいへいへーい! 可愛い可愛い妹が看病しに来てあげましたよーん!」

「帰れ」

「開口一番にひどくない!?」


 ポニーテールをぴょこぴょこ動かして声を荒げる少女。身長はそこまで高くないが、足はモデルのように長いコイツは、俺の実妹・唯野空ただの そらである。


 平々凡々な俺と違って、運動神経抜群で美少女な実妹。普通であれば犬猿の仲になる――はずなのだが、こいつは何故か俺にめちゃくちゃ懐いている。


 そんなブラコン疑惑のある空は熱で苦しむ俺に近づくと、


「妹ちゃんが兄貴をお見舞いするためだけに学校を早退してきたんだよ? もっと喜べよー。妹を大事にしろよー」

「学校をサボるいい口実だなって思っただけだろ」

「ありゃ、バレちゃったか。やっぱり兄貴はあたしのことをよーく分かってるなぁ。よっ、シスコン兄貴!」

「俺が万全の状態だったら拳骨を落としてやるところだよ」

「やーん、兄貴ひどーい」


 懐っこくてかわいい妹だとは思う。だけど、今は熱のせいで頭がぼーっとしているから、空のテンションについていくことができない。

 はっきり言って、超うるさい。


「看病とかいいから、ここから出てってくれ……風邪が移ったら面倒だからさ」

「妹を心配してくれるの? 兄貴ちゅきちゅき♪ もっとここにいてあげる♪」

「帰れっつってんだろ」

「もー、心配してあげてるんだってば。気づけよバカ兄貴」


 それはよーく分かってるつもりだ。学校をサボりたかった気持ちもあるだろうけど、だからといってしょうもない理由で自分の義務を放棄するほど、空は不真面目な人間じゃない。


 俺のことが心配だから、学校よりも俺を優先してくれた。


 ちゃんと分かっているし、うれしい気持ちもある。


 でも、こいつには頼めないんだ。


 だって、空は――


「とりあえず、体力つけるためにこれ食べよ? ドリアン味のレトルトカレー!」


 ――生粋の味オンチなのだから!


「なんっ……それなに、箱越しなのにめちゃくちゃ臭いんだけど!」

「ドリアン味のカレーだよ。ずっと気になってたんだけど、食べる機会なくてさぁ」

「病人にそんな得体のしれないものを食べさせようとするんじゃない! せめてお粥とかにしてくれないかな!?」

「えー。でもこれ美味しそうじゃない?」

「微塵も!」

「ちぇっ。じゃあ普通にお粥でも作ろうかなぁ」

「いや、やっぱりいい。なにも作らなくていい。なにもしなくていいから放っておいてくれ」

「えー。看病させてくれよぅ」

「お前の相手してると興奮しすぎて風邪が悪化しそうなんだよ……っ!」

「え? それって……もう、兄貴のえっち♪」

「そういう意味じゃない!」


 だめだ、こいつの相手は本当に疲れる。マイペースすぎて今の俺ではまともに会話を成立させることができない。


 これ以上は本当に体調の悪化につながりかねないので、俺は財布から千円札を取り出し、空に渡す。


「今は寝たいから、とりあえずこれで病人職でも買ってきて……お釣りは好きに使っていいから……頼む……」

「むぅ、これはふざけられない雰囲気。唯野空、任務了解しました! いってきまーす!」


 ドダダダダッ! と慌ただしく家を出ていく空。病人がいるんだからもっと静かにしてほしいんだけど……まぁ、言ってもどうせ聞かないか。


「……はぁ。綿貫さんだったら、もっと素直に心配してくれるのかなぁ」


 ただのオタク仲間に何を期待しているんだ俺は。

 風邪のせいで本格的に思考回路がぶっ壊れてきている。ダメだ、これは寝て休まないと本気でダメだ。


「寝よう。とにかく熱を下げるんだ……」


 溶け切った氷嚢の位置を整え、仰向けになり目を瞑る。

 次に目を覚ました時、いつも通りの俺でありますように――と信じてもいない神に祈りながら、俺は深い眠りについた。

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