第8話 無謀すぎる挑戦。


 コラボカフェに存在する缶バッジ7種類をコンプリートする。

 それが、俺と綿貫さんが乗り越えなくてはならない試練——だったのだが。


「お、おい、何よこのサイズ……デカすぎだろ……」


 運ばれてきたパフェを見て、綿貫さんは全力で動揺していた。いや、動揺というよりも戦慄か。それほどまでに、目の前に置かれたブツは異常な存在感を放っていた。


 まず、純粋にデカい。器もデカいが中に詰め込まれたスポンジとクリームの量が頭おかしい。次に盛られたフルーツの数も多い。何でこれで1500円なんていう破格の値段なのか理解できないほどの数だ。

 ビッグパフェの名に恥じない、圧倒的サイズ。

 それが、俺たちの前に二つ鎮座している。

 はっきり言って、注文したことを軽く後悔し始めていた。


「缶バッジを揃えるためには、コレを最低でも7個食べなきゃいけない……?」

「最低なら、だ。運が悪けりゃ20でも30でも食わされることになるぞ」

「オーマイガー……」


 無理だ。どう考えても無理。俺たちはフードファイターでも何でもないんだ。ただの高校生二人が、こんなものを何個も食べられるわけがない。


「……綿貫さん」

「やだ」

「まだ何も言ってないんですけど」

「第一希望の缶バッジに絞ろう、とか提案するつもりなんだろ?」

「まあ、そうですけど……」


 互いに一番推しているキャラがいる。そのキャラだけを狙えば、コンプリートよりは軽いダメージで済ませられるはず。だからこその提案だったんだけど、綿貫さんからは一蹴されてしまった。


「私は刀祢くんだけを推してるわけじゃねー。『とあレコ』という作品そのものを推してんだ。つまり、キャラ全員を愛していることと同義!」

「流石に過言では?」

「うっせーな。そういう覚悟があるって言いたかったんだよ」


 綿貫さんはスプーンを手に取り、パフェを睨んで固唾を呑み込む。


「私はやるぞ。ここで胃袋が爆発しようとも、絶対に缶バッジをコンプリートしてみせるんだ……!」


 彼女の瞳には、覚悟の炎がともっていた。

 今の綿貫さんは間違いなく、生粋のオタクだった。


「……フッ。分かりました。俺もお供します」

「互いに生きてたら、戦利品を自慢し合おうぜ」


 俺と綿貫さんは拳をぶつけ合う。

 秘密の関係になってまだ数日。互いのことなんてそこまで理解できていない、いつ崩れてもおかしくない俺たち。


 でも、今だけは。

 俺と綿貫さんの間に、誰にも崩せないほどの友情が生まれていた。


「「——いただきます!」」



     ★★★




 2杯でダウンした。


「うぷっ……おえっ……やばい、胃袋から喉までクリームが詰まってる感覚がする……」

「……………………」


 込み上げてくる嗚咽感。膨れ上がった胃袋。

 大げさな意気込みとは裏腹に呆気ない敗北をかました俺たちは、店の近くにあるベンチで二人そろってグロッキーになっていた。


 油断したらパフェが出てきてしまいそうなので、俺はとにかく吐かないことを意識する。クラスの女子、しかもせっかく仲良くなった綿貫さんの前で、食べたものをぶちまけるなんて醜態をさらすわけにはいかない。


 ちなみに、さっきから綿貫さんが大人しいのは、一人の女性として下品な声を漏らさないよう必死に口を抑えているからである。


「結局、四種類しか手に入りませんでしたね……」

「……全部バラバラなのが出てくれただけ、運はよかったのかもな」


 真っ青な顔で戦利品を見つめる綿貫さん。嬉しいはずなのに、苦しみが完全に上回ってしまっている。


「おい、唯野。好きなの選べよ」

「じゃ、じゃあ、光莉ちゃんで……他の3つは、綿貫さんにあげるよ……」

「は? いや、均等に2つで分けるべきだろ。2杯ずつしか食べてねーんだから」

「全部欲しがってたでしょ? だから、それは全部あげるよ」

「だーから、私は2杯しか食ってねーんだから、3つももらえねーって」


 自分の手柄じゃないものは受け取れない、と綿貫さんは俺に缶バッジを差し出してくる。……格好つけたいだけなんだけど、意外と伝わらないものだ。まあ、こんな状態で格好つけても意味はないんだけど。


 俺は深呼吸をしながら姿勢を変え、綿貫さんに顔を近づける。


「な、なんだよ」

「俺、女子とカフェに行ったことってないんだよ」

「お、おう」

「で、綿貫さんは俺にその初めての経験をさせてくれました」

「はぁ」

「だから、そのお礼。俺の分の缶バッジも受け取ってください」

「いや、それぐらいのことでお礼って……」

「俺にとっては初めてだから」


 綿貫さんの手から光莉ちゃんの缶バッジだけを抜き取り、俺は精いっぱいの笑顔を浮かべる。


「初めてが綿貫さんで良かったよ。パフェ食べただけだけど、すっごく楽しかった」

「——ッ」


 返事をする間もなく、綿貫さんは俺から顔を背けた。そ、そんなに、見るに堪えないほどに不細工な笑顔を浮かべていたんだろうか。どうしよう、凄く傷つく。


 綿貫さんは俺の方を見ないまま、ベンチから勢いよく立ち上がる。


「く、食いつかれたから、もう帰る!」

「あ、え? はい、また明日……」

「また明日な!」


 お腹が苦しいだろうに、綿貫さんは凄まじいスピードで走り去っていった。


 もしかして、今のセリフが気持ち悪かった? それともやっぱり笑顔がダメ?


 いろんな不安が頭をめぐり、そして気づけば俺はベンチの上でしくしくと涙を流す悲しきマシーンと化していた。


「うぅ……こんなことなら女子との会話術みたいなのを勉強しておくべきだった……」


 自分の人生経験の無さが嘆かわしい。


 そんなことを考えていたら、鞄の中のスマホが小刻みに震え始めた。

 スマホを取り出し、画面を確認してみる。

 メッセージの通知画面。

 そこには、こんなことが書かれていた。


『あんがと。でもかっこつけんな、ばーか』


「……女子の気持ちって全然分からん」


 どうやら嫌われてはいないようだったけど、もっと女子の気持ちについて勉強しておこう――そう決意する俺なのであった。


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