第二章 9話 稲沢ダンジョン2 〜研修開始

「それじゃあ、ダンジョン研修を始めます。本日から数日間、講師を勤める九条知仁と申します。宜しくお願いします。」


「トモ、硬いって! 折角の二人きりなんだから、名前で呼んでよ。」

 ハコさん、名前呼びじゃないから、少しご機嫌斜めか。


「いや、これも会社での業務だからさ、今は、あくまで同僚として扱います。 従えないなら、研修未達で会社に戻って秘書課に配置ね。」

「えぇ、こんな時ばっかり妙に真面目なんだから。」


「ハコ、死にたいのか?」

「えっ?!」

「低級ダンジョンとは言え、舐めてると"死ぬ"ってこと!」

 声のトーンを一段下げて言ってやった。


「ご、ごめんて。 分かった、私が悪かった! 工藤葉子です。 本日から数日間の研修、宜しくお願いします。」


「はい、名前の確認が出来ました。 改めて宜しくお願いします。 現在、午前8時です。これから、休憩込みの2時間の授業を5つ受けていただきます。その進捗と習熟によって、このC級ダンジョンの研修とD級E級ダンジョンのソロ攻略に切り替えます。」

「了解です。」


「では、最初は純粋にパワーレベリングで身体作りから始めましょうか。」

「はい。 でも、質問です。」


「んっ、なに?」

「一般的にパワーレベリングって、やらない方が良いって、言われてるじゃない? なんで、うちの会社は敢えてやるのかしら?」


「良い質問だねぇ。ハコさん、中成ギルド事件って、聞いたことない?」

「えっ、聞いたことはあるけど。」

「あの事件の大元は、俺に言わせれば片手落ちなんだよ。 パワーレベリングで

レベルを上げても、体力量、魔力量、筋力、強靭さ、敏捷性のいわゆる基礎能力の

底上げしか出来ない。 それに伴う技術は、日々の経験でしか成長しないと言うのが、うちの会社の見解なんだ。」

「えっ、と言うことは…。」


「中成ギルドの失敗は、戦闘技術、探索技術などが伴っていなかったからだと俺らは考えてる。」

「・・・。」

「あの全滅したパーティーは、僅かな期間であっても俺らの生徒だったんだよね。」

「・・・。」

「だから、俺らは、生徒の誰もを二度とあんな目に遭わせたくないんだよ。」


「・・・、分かった。」

 ハコさんがそう言って、俺の頭を胸の間に挟んでギュッと抱きしめてきた。

 なんか、生きてるんだ、生かされてるんだって気になる。

だから、俺は俺の持てる技術を彼女に教えたい!


「んっ、悪い。」

「落ち着いた? なんか辛そうだったから。 そういう時は、甘えてくれても良い

んだからね。」

「ありがとう! ハコが彼女になってくれて良かったよ。 さぁ、気を取り直して

いこうか。 締まって行こう!」

「お願いします!」


 俺とハコは、向かい合って丁寧にお辞儀を交わす。さて、一丁やりますか!


「さて、レベル1のシーフクラスのやれることは、実際は数が少ない。 さて、何がある?」

「《聞き耳》、《罠感知》、《罠解除》、《ハイド》《ムーブサイレント》かしら? これだけで、5つよね?」


「じゃあ、一つずつ見ていこうか? まずは《聞き耳》」

「周囲3m以内の音を聞き分けるのよね?」

「そう、でもこれが発展すると《気配感知》になる。範囲は狭くなるけど、前方30m以内に変わる。習熟すると100mにまでなる。」

「えっ、そんなに?!」


「でだ、忍者やアサシン(暗殺者)になると更にえげつない。

 前方じゃなくて、周囲に変わる。《ランドスケープ(地形把握)》を併用すると、凄いぞ♪ 自衛隊の三次元レーダーみたいになる。」

「うはぁ、、、!」


 ポータールームを出、最初の部屋のドアの前に俺たちは立っている。木造りの廊下で、そこかしこの柱には、灯明が灯されている。


「じゃあ、聞き耳立ててみようか?」

「分かった。《聞き耳》」

「分かった範囲で、何かの音らしきものが3つ。」

「じゃあ、次だ。 扉の周りを調べてみて。 《罠感知》な。それで鍵の特性もある程度は分かる。」

「了解。《罠感知》」

「罠も鍵の様なものも無いみたい。」


「良し! じゃあ、このまま扉を開けて中を観察してみよう。 概ね、廊下と同じような明るさの傾向のことが多い。 多分、薄暗いはずだから、俺たち忍者やシーフにとっては動き易い環境と言えるな。 自然と他のクラスの連中よりも物は見易い傾向にある。」

「なるほどね。」

「ごく稀に部屋の中が明るかった場合は、慌てずに一度扉を閉めるんだ。」


蝶番に油を少し差し、滑りを良くする。

「それは?」

「あぁ、油だよ。 物音をなるべく立てない様にするのは基本だ。」

 扉を少し引き、俺が先に部屋の中を覗き込む。 ハンドサインで人差し指を口に当て、ハコさんに喋らない様に指示を出す。


「《気配感知》」

この部屋の中には、全部で五匹のゴブリンのようだ。焚き火を囲み、食事中の様だ。

ハコさんを手招きし、こちらに来る様に指示を出す。


 ハコに中を覗くようにサインを送り、何匹居るかを確認させる。

 指を広げ数を報告してきたので、OKサインを出し一度ゆっくりと扉を閉めさせる。


「聞き耳で感知した数と実際に見た数と違っただろ?」

「うん。これって、部屋の広さの影響なの?」

「そうだよ。 まぁ、これも経験して覚えることなんだが、部屋の中に隠し部屋があって、5匹以上居ると言うこともあるから、油断しないようにな。」

「分かった。」


「中の配置、覚えたか?」

「うん、大丈夫。」


「じゃあ、次な。 ハイドとムーブサイレントを使って、扉に近いやつを殺す。それをハコに任せる。躊躇するな。そんなのは、後でやれ。」

「分かった。」


 ハコはそう言って静かに息を飲み、腰の鞘から短剣を引き抜く。彼女の短剣の刃は、反射しないように黒く染められている。


《ハイド》は、物陰に隠れるのが基本だが、室内の影に隠れたり、気配を希薄にすることができる。


《ムーブサイレント》は、いわゆる忍び足だ。物音を立てずに静かに移動するスキルだ。初めの内は、移動に制限をくらうが、習熟すれば普通に移動できるようになる。ハイドと組み合わせて使われることが多い。


「俺が先行して奥に行き、二匹を始末して、ヘイトを取る。残った二匹は、俺の方に来るから、俺はパリーで受け切る。

 その隙にハコは、一匹を始末したらお前さんから見て右のやつに《バックスタブ》な。

 俺は、逆の奴をやる。じゃあ、行くぞ!」


 再度、扉を少しだけ開け、部屋に身を滑り込ませる。

 そして、《ハイド》と《ムーブサイレント》で、部屋の中程にいる小鬼人の喉を切り裂き、その向こう側の奴の喉を目掛けて苦無を投げつけ頸動脈を裂く。


 この時点で《ハイド》は解除され、俺の姿は丸見えだ。


 どちらも、傷口から緑色の血が噴出する。そして、更に部屋の奥へ。

 その隙に、ハコも行動を開始しておりダガーを目標の延髄に突き刺し始末をする。


「さぁ、こっちだ! 醜い小鬼ども!!」

 俺は声を荒げ、奴らのヘイトを集める。


 俺を殺そうと、奴らは錆びついたショートソードや斧を振り回してやって来る。

そのいずれもを小太刀烏丸で捌く。


 内心掛かった!と思ったところにハコのバックスタブが決まる。

 後頭部にダガーが刺さり、口からその先端が覗く。

 うへぇ、グロっ、とは思うが、俺ももう片方にトドメを刺さねぇとな!


 ゴブリン一匹に技スキルを使うまでも無い。小太刀の横払いで一気に勝負を決めた。

戦闘開始から終了まで約5分。まずまずじゃ、ないかな?


「お疲れ様!」

「どうだった? 人型殺した忌避感はあるか? 気分は大丈夫?」

「ん、それ程でもないかな? 大丈夫よ。 実際にトモの戦うところを見たのって初めてなんだけど、凄いなぁ!と改めて感じた。」


「ハコは久しぶりの実践だと思うけど、基本に忠実で良かったと思うよ。 基本シーフ職の俺たちは、戦士クラスとは違って真正面から斬り合う仕事じゃ無い。 撹乱、援護、強襲、揺動、暗殺が基本だからね。 意地汚く生き延びれば、勝ちなのさ。」

「うん、やってみて分った。」


「あとは、狭い部屋で視力のある奴を狙うなら、スタングレネードを放り込むという手もあるからね。」

「うへぇ…。」


 最初の1日目は、こんな感じで過ぎて行った。とりあえず、1階層は回り終えた。ハコのシーフレベルもひとまず3まで上がったようだ。

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亜人冒険者奇譚(仮題) 天狼星 @tenrousei

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