第二章 8話 稲沢ダンジョン 〜序
「社長、私もシーカーとしてやってみたいんですが。」
「葉子さん、おはようございます。 いきなり、どうしたの?」
会社に出社するなり、葉子さんからそんなことを言われる。
彼女は親父の朝練に参加しだして三ヶ月になる。
「私もそろそろ、シーカーとしてやって行きたいと思いまして…。」
「それは、九条に着いて行きたいってこと?」
「もっ、もちろん、そう言うところもありますけど。」
「んーっ、今、葉子さんに探索部に異動されると困るな…。」
「社長、それなら、人材募集したら? そうね、とりあえず秘書課に三人雇いましょうか。 ひとまず、葉子さん、半年待てないかしら? 私もフォローに入りますので、秘書課を軌道に乗せましょう。 その後、研修に集中してもらって、探索班に転課して頂きます。」
仁絵がそんな提案をする。
「かしこまりました。では、それでお願いします。」
「じゃあ、仁絵は、アドスタッフさんに募集広告出すように依頼してくれるか? 一番早いので良い。ネット掲載も併用してもらって。」
「了解、手配しておきます。」
それから半年後。
「九条、葉子さんと稲沢市のC級ダンジョン行ってきてくれないか? ダンジョン研修な。」
「社長、それは業務命令?」
「そうだな。対象は、葉子さん。」
「えっ、ハコさん? まぁ、了解。」
「宏樹と瑞希も行かせたいが、葉子さんとのレベル差がな。 無理にパワーレベリングしても技術が伴わないなら、死傷者が増えるだけだ。 九条は、覚えてないか? 中成ギルドのPL全滅事件。」
それは、俺たちが会社を創業して一年が経った頃に、中成株式会社と言う小規模(社員数20人ほど)の人材派遣会社が、うちに人材育成で二週間予定のダンジョン研修の依頼をしてきた。
最初の三日で座学を教えてその後、E級ダンジョンで三日ほど実技を実習させている時に中成の本社の田中専務から研修の中断が告げられた。
別段、こちらの落ち度と言うことはなく、中成の専務は「会社の方針だから」の一点張り。
腑が煮え繰り返る思いもしたので、違約金も込みで請求をしたら、クレームも無く送金があったのでそのまま忘れることにした。
風の便りで、その後、中成株式会社がシーカーギルドを立ち上げたと聞いた。
そして、二ヶ月後、事件が起きた。
中成ギルド所属の中堅パーティーが、「一宮ダンジョンで全滅した」という記事がインターネットのニュースサイトや地方新聞の紙面に賑わせた。
そして、ダンジョン庁所管の日本シーカー協会の査察を受けることになったが、うちの会社の指導方針、及び、内容に瑕疵は無く無罪放免であった。
問題は中成の側にあった。
我が社の一週間のダンジョン研修の後、高レベルのシーカーに依頼して、パワーレベリング(PL)を数回行い、その後、中成のパーティーだけで一宮ダンジョン攻略に挑戦したらしい。
パワーレベリングで上がるものは、自身の体力と魔力といったものしかない。
攻撃の際の基本技能や防御の基本技能、魔法の効率的な運用、罠の発見や解除と言ったものは、日頃の経験でしか成長しないのだ。
基礎技能が出来ていないのに、応用が出来るはずもない。
彼らは、それで失敗した。
善意で救援に向かった俺らが、見つけ出したのは、彼らの遺品が数点だけだった。
レベルさえ上げれば、力押しで何でも通用するだろうと言う甘い考えが、目の前の金を掴むこともなく多額の賠償金も払えずに会社は倒産した。
「あぁ、なるほどね。で、方針は?」
「最初、PLで幾つかレベル上げて、その後、E級で研修かな。 主にE級の方に時間を割け。 PLは、死に難くする方便でしかない. あとは、お前色に染めてやれば、良いんじゃないか?笑」
「分かった。笑」
「一年で3級まで上げて欲しい。その後、二年で2級か、行ける?」
「まぁ、やってみるさ。 C級完全攻略の時は、宏樹と瑞希をお願いする。」
「了解。気張ってくれ!」
*****************
(九条知仁 視点)
稲沢市は愛知県の西北部にある市で、以前、大和と仁絵ちゃん夫婦が潜った一宮ダンジョンのある一宮市の南にある市だ。
中成が崩壊した場所でもある。
俺は、ハコさんに傷一つ負わさないように頑張らねばと考えている。
さて、稲沢市は嘗ては、国鉄時代の日本三大操車場の一つがあったり、植木苗木の国内産地でも名が知られている。市内の土地の内、まだ半分以上は農地でもあるので、どことなく片田舎的なのんびりした空間である。
歴史で見れば、律令時代には尾張地方の政務を執り仕切った国衙(こくが)が置かれた地としても知られる。
この尾張国衙の隣地には、尾張総社の尾張大國霊神社、いわゆる国府宮神社がある。二層の楼門は檜皮葺きの屋根を持つ、室町時代に建てられたと言われる。
国府宮神社は、旧暦の毎年正月十三日に儺追祭、よく知られる名前では「国府宮のはだか祭」が行われた、最盛期には締め込み姿の裸男が一人の神男に触り合う為に揉み合うと言う勇壮な祭りがある。
稲沢ダンジョンは、この尾張大國霊神社の下に広がる。既に攻略済みのダンジョンで、最低階層は十五階と言われている。
俺とハコさんは、社長命令で稲沢ダンジョンのクリアを目指してやってきたのだ。
境内にある二階建ての国府宮会館内の管理棟で、入場手続きを取る。ここも嘗ては結婚式や披露宴が行われたらしいが、ダンジョンが出来て以後、あまり使われることも無くなったそうだ。
いつも通りに、探索に参加する者のIDチェック、入場時刻、退出予定時刻、開始階層を端末に入力して、サーバーに送信。
受付タグを取り、入場ゲートの職員に提出し、改札で武器ケースの封印を解除してもらった。
九条知仁、 クラス:忍者(上級職) レベル5 装備:忍び刀、小太刀「烏(からす)丸」、苦無、手裏剣、半弓、忍び装束
工藤葉子、 クラス:シーフ(基本職) レベル1 装備:ショートソード、ダガー、ショートボウ、革鎧、ブーツ
と言ったところだ。
「おはようございます。」
「「おはようございます。」」
「お二人で、サーチ系とアタッカー系。 探索時間が10時間ほどね? マラソンでもされるの? じゃあ、武器の封印外しますね。」
武器と矢の入ったケースを渡すと、封印紙を剥がしてくれる。
「まぁ、そんなところっす。 嫁さんがペーパーから成り上がりたいってんで、その付き添いっすわ!」
「(嫁さん、って!!)」
パシパシパシ
「(ニマニマすんなって、それに痛いからやめろって!)」
生暖かい目で、こちらを見るゲート職員。
「はい、結構です。それでは、お気を付けて!」
俺とハコさんは、ポーターで稲沢ダンジョン1階層へと転送された。
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