第12話 二人の試験

「ハカリ、あの二人の様子はどうだ?」


 細長い再生屋の一番端、入口から進んで最奥にハカリと呼ばれた女は居たはずであった。それなのに、その声は真後ろから聞こえてきている。


「あなた様でしたか。うら若き女性に突然声をかけるというのは、あまり褒められたものではありませんよ」


「お前のことを若い女性だと思えというのか。それはまた、なんとも図々しい。一体いくつになった?」


「女性に年齢を聞くというのは、褒められないどころか、失礼にあたります」


 聞こえてきた声に、不満をあらわにしてハカリが返事をする。


「それで、あの二人はどうなった?」


 ハカリの不満気な声などどうでも良いとばかりに、声の主は話を続けようとする。


「お二人は今、直したいことを叶えに行きましたよ」


「そうか! 今回は何を直すんだ?」


「奈津は亜希の様な肌の色を。亜希は奈津の様な整った歯をお望みでしたね」


「はぁ? なんなんだそれは」


「それぞれのコンプレックスだったようです。どちらもそのままでも十分可愛いのに」


「と、いうことは今回も試験は?」


「はい。不合格です」


「はぁ……あいつらは、いつになったら合格するんだ」


「まだ三回目じゃないですか。大したことないですよ。ところで、そろそろ姿を現してはくれませんか?私一人で喋ってるみたいで、気分悪いです」


「ん? あ、あぁ。そうか。まだ声だけだったな」


 闇の中から聞こえる声の主はそう言うと、少し間を開けた後、その姿を現した。


「声だけしか飛ばしていないと、気づいてなかったのですか?そろそろお歳ですか?最高神様」


「うるさい! お前に言われたくはないわ! 声と顔だけいつまで経っても若く見せておいて。もう何百年もの間その姿であろうが」


「はい。若く見えますでしょう?」


「若くは見えるが、そろそろ見飽きてきた。お前も声も顔も直してきたらどうだ? ついでに人生も」


「嫌ですよ。この顔気に入っているんです。あぁ、それでも人生をやり直すのはいいかもしれませんね」


「お前にもやり直したいことがあるのか?」


「当たり前じゃないですか。やり直したいことがない人なんていないと思いますよ。みんなその手段がないだけで」


「そんなものか」


「えぇ、そんなものです。最高神様にはないんですか?やり直したいこと」


「うむ……もう少し早く生まれていればな、とは思う。」


「そうですか。私はもう少し遅く生まれていたかったですけど」


 それぞれの願いを口にした二人の視線が交わる。その交錯した視線にお互い思うことがあるのかもしれない。


「あの二人は試験のやり直し回数、最高記録か?」


 交わした視線を振り切る様に最高神が話を変える。


「いいえ。最高回数は五回。叩き出したのは最高神様です」


「俺か……ハカリはその時から審判役だな」


「えぇ。神と天使の認定試験の審判が私の役目ですから」


「今回はいけると思ったんだがなぁ」


 最高神が腕を組んで、目を閉じる。今回の出来事を思い出しているようだ。


「音のことを思い出すことができましたからね。それに良いこと言ってたんですよ。でも、結局自分の望みを叶えることを一番にしてしまって」


「音! あいつの試験はどうなった?」


「合格されましたよ。既に天界に戻ったはずです。挨拶があったでしょう?」


「……あったか?」


「やはりお歳ですね。そろそろ引退ですか?」


「まだ老いぼれてはおらん! 毎日何人が挨拶に来ると思っているのだ。全員覚えていられるわけなかろうが!」


「それならこのような所で油を売ってる場合ではないじゃないですか。仕事をしに戻ってください」


「俺にその様な口をきくのはお前だけだ」


「そうですか。天界で甘やかされているんですね」


「そんなことはない! どいつもこいつも寄ってたかって俺の机に仕事を積み上げやがる」


「あなた様にしかできないお仕事なんですよ。頑張ってください」


 ハカリが最高の笑顔で最高神を見つめた。


「ハ、ハカリ、頑張ったら……その、なんだ、ほら」


 最高神が視線を泳がせながら言い淀む。先程までの軽快な言葉の応酬はどこへいったのか。


「なんですか。はっきり言ってください」


「いや、だからな……ほ、ほう」


「はぁ? 何です? そういうのイラッとするんですよ」


 最高神に向けられた満面の笑みは既に消え去り、ハカリの顔には苛立ちが浮かび上がる。


「ほうびを、くれるか?」


「は? 褒美? そんなものあるわけないでしょう」


 ハカリの言葉に最高神が分かりやすく肩を落とした。


「ない……よなぁ」


 ぼそぼそと独り言の様に呟く最高神の態度はまるで、餌をお預けされた犬の様だ。

 その態度に、ハカリの顔もほころぶ。


「欲しいんですか? ご褒美」


「欲しい! くれるのか?」


 ハカリの言葉に、目を煌めかせた最高神が下を向いていた顔を上げた。


「考えておきます。ですから、仕事して下さい。亜希と奈津の次の試験も考えなければなりませんから」


「おう! 次は何にする?」


「そうですねぇ。何屋が良いでしょうか。再生屋、わかりやすいと思ったんですけどね。人の願いを叶えるとか、素直に謝るというのは、どなたにとっても難しいものです」


「あいつらにはもっと簡単な内容にするしかないだろう。再試屋とか……」


「それ、何屋ですか」


 ハカリと最高神は二人で頭を抱えた。

 亜希と奈津の認定試験のやり直しはまだまだ続きそうだ。

 神と天使の認定試験。その会場が天道商店街である。毎日様々な店が造られ、そして消える。普通の人間がそれに立ち会うことができるのは、幸せか、はたまた不幸か。天の都合で次に造られるのは一体何屋だろうか。


 天道商店街。その道はやはり、天へと続く道なのだ。

 

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天道商店街の端にありますー再生屋ー 光城 朱純 @mizukiaki

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