第11話 亜希の直したいもの

「勇悟くんみたいに強く直したいって思ってるかって言われればね。どうだろう」


「そうなの?」


「だって小学校の時のことだよ。たしかにオルゴールは気に入ってるし、大切だけど、別に音ちゃんのことを毎日思い出すわけでもないから。会えたら謝りたいなぁって思ってるぐらいだよ。多分、再生屋は見つけられないと思う」


「強い思いが必要だって言ってたもんね」


「うん。だから今の気持ちじゃあ無理なんだよ」


「そっかぁ」


「奈津は? 何か直したいの? 再生屋、探してたんでしょ?」


「あれは……直したいわけじゃなくて」


「そうなの? じゃあ何で探してたの?」


 奈津の顔が一気に赤く染まっていく。奈津が一人で再生屋を探した理由は亜希の為で、でもさすがにそれを亜希に伝えることはできない。


「あ、あれは、何でもないの! な、なんとなく通ってみただけたし」


 顔の火照りを冷ますように、奈津が両手で顔をあおぎながら下手な言い訳を口にする。照れ隠しの様に笑った口元からこぼれる白い歯は、相変わらず綺麗に整っていた。



 オルゴールが手元に戻って来てから数日後、亜希は再び再生屋の前にいた。三度目ともなれば、既に見慣れた古びた日本家屋。

 亜希の中のどうしても直したいことが、亜希の目の前に再生屋を出現させていた。ただ、今日は隣に奈津はいない。亜希はたった一人で再生屋を訪れていた。

 これまでと同じ様に自動扉をくぐる。すると今回は酷い雷雨が亜希の前に広がっていた。足下の敷石を確認しながら、慣れた様にその道を走る。亜希の脚の速さであれば、直ぐに店の入り口が見えるはずだった。

 だが、いつまで走っても入り口が見えない。濡れないことはわかっていても、雷の音はやはり好きにはなれないし、走っていれば息だってあがる。いつまでも全力疾走を続けることはできず、少しずつスピードが落ちていく。

 校庭のトラック一周よりも長い距離を走ったのではないだろうか。ようやく店の入り口に着いた頃、亜希の額からは汗が流れていた。雨は払い落とすことができても、汗はそうはいかないらしい。鞄からミニタオルを出して汗を拭く。日焼けを知らない白い頬がうっすらピンク色に染まっていた。

 体中の水分を払い落とし、亜希は暗い店内へと足を踏み入れる。慣れてきたとはいえ、奈津もおらずに一人で歩く店の中は、やはり心細いようだ。寒さなのか不安なのか、二の腕を両手でさすりながら、店の最奥にいるはずの女の下へと足を進めた。


「ようござった。今日は亜希ちゃんだけか?」


「はい」


「酷い雷雨だったが、おそぎゃあなかったんか?」


「それでも、あれが対価なんですよね?」


「ようわかっとるがね」


「今日は先に払うんですか?」


「修理と違って、受け取りに来てもらうことができんからね。直したいのは、人生?この間のオルゴールの……」


「いいえ。違うんです。あの時のことはもう、あれで良いんです」


「素直に思いを伝えりゃあ良い結果が生まれることもあるのに?」


「それでも、やり直したら今と同じようにオルゴールを大切に思っていないかもしれないし、そうしたら再生屋には来られなかったかもしれないです。奈津とだって、あんな風に喧嘩することもなくって、素直に気持ちを伝えれば仲直りできることだって、わからなかったと思うんです。音ちゃんのことはたしかに気になるけど、どうしてもやり直したいわけじゃないから」


「なるほど。ようかんこうしなさったよく考えたね。そしたら、何を直したかったんかな?」


「えっと……」


 亜希が自分の直したかったものを女に伝える。女は亜希の言葉に少し驚いた顔をして、あの作りものの様な笑顔を浮かべた。


「今から直したるから。ちいと待っとって。次に目が覚めたら、ちゃーんと直っとるから」


 その声と顔に不釣り合いな名古屋弁をゆったりと口にする。

 亜希はその声を聞きながら、そっと目を閉じた。体が無重力空間を揺らめいているような、そんな浮遊感を感じながら、暗闇の中を漂う。

『次に目が覚めたら、ちゃーんと直っとるから』女の言葉に安心して、深い眠りに落ちていった。

 

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