第10話 オルゴールのこと

 女はそう言うと、その作り物のような顔に笑顔を浮かべた。その笑顔には同性でありながらも見惚れてしまう。


「た、対価さえ払えば、人生もやり直せるってことですか?」


 女の笑顔に魅了されていた亜希が、気を取り直して質問を続けた。


「えぇ。まだ直したいことがあるの? そのオルゴールのこと?」


「えっ……」


 女の顔には確信めいたものが浮かんでいた。亜希が聞きたいことは既にお見通しのようだ。

 これまで壊れたものも、名前も、直したいものを持っているのが亜希だってことまで知られている。今更何がバレていたって不思議はない。


「そのオルゴールをくれた相手のこと? それとも、また別のことかしら?」


「オルゴールを、くれた相手のことです」


「もちろんやり直せるわ。ただ、もうかなり昔のことよね。対価が少しきついものになってしまうかもしれない」


「そう……ですか」


「途中でやめて逃げ帰る人もいるわ。その後どうなってるかは知らないけれど。あまり良い人生を送ってはいないってことだけ、伝えておくわね」


「逃げ帰ると、そんなに大変なんですか?」


「やり直すチャンスを自ら手放してるわけだし、色々後悔することも多いわよね。思い悩んでしまう人が多いのよ」


 女の話を聞きながら亜希がどんどん下を向いていってしまう。


「亜希ぃ。大丈夫?」


 そんな亜希の様子を見るに見かねて、奈津が亜希の背中に手を回し、さすりながら声をかけた。


「うん。大丈夫。ありがと」


「一度考えていらっしゃい。オルゴールをくれた相手のことではなくても、直すことはできるわ。声だって顔だってね。あの雷雨さえ越えて来てくれるのなら、なんだって叶えてあげる。この店を探し出せるぐらいの想いの強さはいるけどね」


「それって、私でも大丈夫ですか?」


 亜希の背中をさすりながら、奈津が女の顔を真っ直ぐに見つめた。


「うん? どういうこと?」


「次は私だけでも見つけ出せますか? それとも、やっぱり亜希しか見つけ出せませんか?」


「もちろん奈津ちゃんでも見つけられるわ。さぁ、これで質問タイムはおしまいかしら? そろそろお帰りなさい」


 女が終わりを告げ、その顔にはまた作りものの様な笑顔が浮かぶ。二人は互いに顔を合わせて、女の方を向き直った。


「はい。オルゴール、ありがとうございました」


「次は自分でこのお店探して来ます」


「えぇ。また来てちょーよちょうだい待っとるでね待ってるからね


 女の声が、わざとらしい名古屋弁を紡ぎ出す。

 二人は女に背を向けて、店を後にした。



「亜希はさ、やり直したいの? その、オルゴールをのこと」


「うーん。どうかな。正直悩んでる」


 二人が亜希のカバンにつけられたオルゴールを見ながらゆっくり話ができたのは、翌日の授業後である。

 昨日は店を出れば既に辺りは暗くなっていて、二人とも急いで自宅に帰ることになった。二人ともやり直すことに興味は高まり、何かをやり直すべきか、本気で悩み始めていた。


「何があったのか聞いてもいい?」


「うん……オルゴールくれたのは、音ちゃんっていう女の子なの。小学校の時に仲が良くて、オルゴール貰ったのは、たしか誕生日だったんだよね」


 亜希が昔を懐かしむ様に、目を細めて話を始める。


「今は?」


「音ちゃん? 喧嘩したまま、引っ越しちゃったの。何で喧嘩したかはもう覚えてないんだけどね。多分大したことじゃないんだよ。それでも、音ちゃんと喧嘩したのはその一回だけ。初めての喧嘩で、最後の喧嘩になっちゃった」


「どこに引っ越したのかもわからないの?」


「音ちゃんが引っ越して、だいぶ経った後に一度手紙書いたんだよね。どうしても仲直りしたかったから。でもね、それ返ってきちゃって……そのまま」


「亜希は、それをやり直したいの?」


「もっと早く手紙書いておけば良かったとは思ってるよ。音ちゃんが引っ越しちゃう前に、素直に謝っておけば良かったって。でも……どうだろ。やり直したいのかな。別にこのままでも良い気もしてるんだよね。そんなに昔のこと直したからってどうなるの? って思っちゃうし。勇悟くんみたいに、泣いちゃうぐらいに思ってるわけでもないし」


「勇悟くん、嬉しそうだったね」


「うん。再生屋で見かけたときはあんなに元気がなかったのに」


「お母さん退院して、元気そうだったから、きっと願いが叶ったんだよね。それで、謝ることもできた」


 二人の脳裏に、再生屋に入る前に見かけた幸せな親子が浮かぶ。

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