case1 田中ナオト裏2-2
「何なんだよ……お前! 何なんだ!」
レオ、いや田中ナオトの慟哭にも似た声が響き渡る。
鎧の重さに起き上がる事もできず、虫のように這いつくばる事しか出来ないが、まだ自分に何が起きているのかすら理解できていないらしい。
「だからさ、言ったじゃん。君が神サマから貰った能力を回収する業者なんだって。ね? さっきまで平気だった鎧も重たくて立つ事すらできねーだろ? 今、 君の能力も容姿も全部元に戻ってるから」
毎度あり。と蓮田が笑ったのを見て、田中ナオトがハッとして顔を触る。伸び放題のボサボサの黒髪に、無精髭の冴えない男がそこにいた。
「そ、その力はあの神から貰ったんだよ!! だから俺のものだ!! 返せよ! 返せ!!」
蓮田はタバコをひと吸いすると、溜め息と共に紫煙を吐き出す。
「お前さぁ。その力、何て言われて貰ったの? ねえ。その力タダであげるから好き勝手していいよ?みたいに言われた?」
「それは、世界を魔族から救ってほしいって………」
田中ナオトがバツ悪そうに視線を逸らした。
蓮田がそれを屈みこんで、覗き込む。赤いタバコの火が彼の鼻先まで近づいた。
「お前、これまで何してきた? そりゃあすこーしは魔族退治に貢献してきたんだろうよ。だがな。嬢ちゃん達の村を焼いた後、救世主ヅラして助けに入ったのは頂けねえなあ。テメェが焼いたのを魔族共のせいにしてよォ」
ひゅ、と田中ナオトが息を飲む音が小さく響く。
「えっ……!? あれは、魔族の仕業だって……」
信じられないというマハルの声が空虚に響いた。
「おい、 尾八木(ビヤキ)」
蓮田が煙草を咥えたまま誰かを呼んだ。
するとマハル達の背後の暗がりから滲み出るかのように、グレーのスーツ姿の筋骨逞しい男が出てきて、女達が息を呑んだ。その出現だけでなく、その男の顔や手、皮膚のあるはずの部分が腐乱死体のような緑の鱗に覆われていたからだ。
「へい。社長、ここに」
「映像出せ」
尾八木(ビヤキ)がへい、と返事をして、スーツの懐から大きめの白い板のような物を取り出した。田中ナオトには見覚えがあるらしいが、女達には何かわからないようだ。
「アンタらと会う前のコイツの様子だ」
尾八木が板の上で器用に指を滑らせてから、女達に向けた。板の中には見覚えのある顔が映っていて、リリアが「何なの…これ」と呟いた。
『俺が火球であの村燃やすからさ、お前は魔族が来たって叫んで貰えばいいから』
レオ、いや田中ナオトは画面の中で尊大に笑いながら、へこへこと頭を下げる小男に重そうな皮袋を渡していた。
「あれ……村長の……息子の…最初に魔族だって、教えてくれた…!」
マハルが茫然と呟く。そして、田中ナオトが村の方へ向けて火球魔法を放った所で悲痛な悲鳴が上がった。
「えげつねえやり方だよなぁ。今時ヤクザだって流石にここまではしねぇよ? なあ、救世主様よ」
蓮田が低く笑いながら田中ナオトを見つめた。その眼は一切笑ってはいない。月の無い夜の海のように、底知れぬ恐怖を抱かせる眼差しだった。
「ち、違う。違うんだこれは……」
壊れたかのように繰り返す自称救世主に蓮田がにやにやと笑う。
後ろでリリアが怒りに震えながら、剣を構えようとした。
「よしなよ。お嬢さん」
蓮田が肩越しに振り返ると、リリアはびくりと身体を震わせて剣を取り落とした。からん、という乾いた音が響く。
「この卑怯者を許すなんて出来ません!」
悲鳴のようなリリアの声が響く。田中ナオトが苦虫を噛み潰したような表情でそれを聞いていた。
「まぁまぁ。待ちなよ。お嬢さん方。俺はこいつを許すなんてこれっぽっちも言ってねえぜ」
「……え?」
蓮田が立ち上がり、いきなり硬い鰐革の靴で田中ナオトの胴体を踏みつけた。めきめきとミスリルのプレートが軋む音が、田中ナオトの恐怖に拍車をかけた。
「カタギさんにしこたま迷惑かけて、ハイさよならじゃあ割に合わねえよなぁ~?」
「ごめんなさい!ごめんなさい!お願い助けてください! もうしませんから!!!」
醜い顔をさらに醜くゆがめて、田中ナオトが泣き叫んだ。蓮田が「汚ねぇなぁ、お気に入りの靴が汚れちまうだろ?」と吸っていた煙草の火を田中ナオトの眉間に押し付けてやると、情けない絶叫が辺りにこだました。
「と、いうわけでコイツの始末は俺らに任せてくれや。お嬢さん達の村は多分もう元通りになってるさ」
「ど、どうして?」
ランが戸惑ったように言った。
「これは神サマが下手打っちまったせいだからな。せめてものケジメだとよ。おい、尾八木。送ってやれ」
「へい」
尾八木が柏手を3回打つと、ラン、マハル、リリアの姿がぱっと消えた。田中ナオトがあんぐりとそれを見つめていた。
「よぉし。田中ナオト君。おじさんさぁ、君に『おねがい』があるんだよなぁ」
「は、ひぃ……ひい」
芋虫のように身体をよじる哀れな救世主を見下ろして、蓮田が凶悪な笑みを浮かべた。
「ハスだシャチョウ。コイツがシンショウヒンね?」
真っ黒な肌に幾つもの腫瘍と触手が蠢くグロテスクな見た目の頭に、ライトグリーンの作業着姿の男が、尾八木に襟首を掴まれて引き摺られてきた田中ナオトを見た。美しかった鎧は乱暴に引き摺られて廃車寸前の軽自動車のように無惨な有様だ。
「おう。主部荷(シュブニ)の旦那。見た目は汚ねえが中身は無事だぜ。イキもいい」
主部荷と呼ばれた異形の者が目の前に放り出された田中ナオトを見分するかのように見る。
「イイね。イタンデモクサッテもナイ。キレイだね」
「だろ? 何でもできるぜ。確か■■の方で人手が足りねえって言ってたよな」
「ソウね。ミスリルコウザンのコウふがタリナイイッテタ。ゴブリンカグールニカイゾウスレバツカエルね」
コレデドウ?ヨロイブンもワリマシヨ。と主部荷が八本の指を出す。蓮田が満足げに頷いた。
「オーケー。商談成立だ。喜べよ田中ナオト君。君の新しい人生が始まるぞ。心を入れ替えて励めよ。なあ?」
田中ナオトはがくがくと顎を震わせたままで何も言えないようだった。一体自分がこれからどうなるのか見当すらつかないが、その先が絶望でしかないのは目の前の男達を見れば一目瞭然だろう。
「ハイコレミツモリネ。アトデフリコンデオクヨ」
「毎度あり。二百年位は使えるだろうから後は社長の方でよろしくやってくれや」
主部荷から書類を受け取ると、蓮田は尾八木に行くぞ、と声を掛けた。
茫然と座り込む田中ナオトを主部荷が無造作に掴んで引き摺り、そばに停めてあったトレーラーのコンテナを開けた。
「ひ、ひい、ひいい!助けて!助けてええ!たすk」
悲鳴を上げる田中ナオトをまるで家畜のように荷台に放り込むと、コンテナの扉を閉めて運転席に乗る。
「ジャア、ハスだシャチョウ。マタノゴリヨウオマチシテルヨ」
そう言い残して、『何でも派遣いたします! ニコニコ人材サービス』と描かれたトレーラーは去って言った。
蓮田はそれを見送ると、ポケットからタバコを取り出した。すかさず尾八木が火を点ける。
「尾八木よお」
「へい」
「飯食いに行くか」
「お供します……あ」
「どうしたよ」
「板倉さんからお土産買ってきてって言われてましたよね。暗黒臓物羊羹」
「あ……やべえ。忘れてた」
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