切り絵文
ほらほら
切り絵文
昔々のことでした。
散々に悪さをした古狐が一匹、都からやってきた一人の年老いたお坊様に退治されかけたのです。
ですが、流石は長い時を生きた化け狐。
命からがら、一匹の犬に化ける事でその場を脱することができました。
ですが疲れを癒すために、ふう、やれやれと身体を休めたが最後、起きた時には首に縄を打たれてしまっていたのです。……そのお坊様に。
もはやこれまでか、と覚悟を決めた狐でしたが、どうやらお坊様は化け狐を単なる犬と思っていたようで、旅の供にと手懐けるつもりのよう。
狐はしめしめと思いました、
「このまま犬のふりをして、坊主の寝込みをかいてやろう」
、と。
狐は犬のふりをして、お坊様と旅をすることにしたのです。
ですが、お坊様は中々隙を見せないで。
狐も、いつの間にかお坊様との旅が楽しくなって。
いつの間にか、一人と一匹の楽しい道中を心ゆくまで味わっていました。
が、旅とは終わりがあるもので、いつしか二人は都に付いて、都でも狐は犬のふりをしてお坊様の近くに居着いていたのですが、もともとお歳を召していたお坊様は旅の疲れもあったのか、年の暮れにはコロリと亡くなってしまいました。
狐は大層、悔しくて。
狐は大層、悲しくて。
あのお坊様と歩いた旅の空を、もう一度味わいたくなって、人の姿でフラフラと旅をすることにしました。
それでも狐は満足できなくて、長い間、ずっとフラフラと旅をしました。
――――
それから幾月幾年、或いはもっと時が流れて。
狐は一人の男と出会いました。
その男は姿形から、喋りの口調まで、あのお坊様にそっくりで。
狐はその男と旅がしたくなったのです。
おかしな者だ、と男も思いました。
それでも度量があったのか、結局、二人は一緒に旅をすることになりました。
一緒に東へ東へとむかうのですが、男は要所要所で下手な俳句を詠むのです。狐はそれを笑うのが常でした。
ですがいくら楽しくても、旅には終わりがくるのです。
やがて、男は家に帰り着き、家族の出迎えを受けるのです。
狐は暖かい歓待のなか、己の何かと向き合うので精一杯でした。
狐は街に、男の住まいの近くに住み着くことにしました。
教室を開いたのです。
切り絵の教室を。
教室は大層、繁盛しました。
器量の良い先生が手取り足取り教えてくれるのですから当然でしょう。
若い街娘からご隠居まで、皆が夢中になるのです。
時たま男は伴侶を連れて、その様子を覗きに行ったのでした。
狐はそれを嬉しげに出迎えるのです。
ですが、それを面白く思わない者がいました。
通いの若い生徒です。
その若い生徒は教室が終わり、皆が居なくなってから狐の服の袖を掴み、詰め寄ります。
「先生! あんな所帯持ちのどこが良いんですか!
俺だって、俺だって!」
激情のあまり、狐を押し倒してしまう始末。
ですが、場所が悪かった。
机の角に頭をぶつけた狐からはドクドクと血が流れだし、ぐったりと動かなくなってしまいます。
泡を食った若い男は、あろうことかその場から裸足で逃げ出してしまいます。
しかしながら、帰ってきた若い男の様子がおかしいことに気付いた家人によってすぐ事態は発覚。
狐の教室には多くの人が駆けつけました。が、その場に狐の姿はなく、ただその場に一冊の句集が置かれていたのみ。
狐はどこかに消えてしまいました。
そのことを後から知った男。
方々、伝を頼って狐の行方を探したものの、見付かるはずもなく、その時知った句集の中身を見て驚きます。
狐が得意だった切り絵で飾られたその句集の中に、
「自分の歌も載っている」
、と。
初めの方はやたらと古風な歌ばかりなのですが、徐書に今風の歌になり、終わりの幾つかは、確かに己が旅先で詠んだもの。
それが見事な意匠の切り絵と共に飾られているのです。
しかしながら、最後になりまた知らない歌。
それはかなり古い言葉でかかれた歌でしたが、無理やり今風に直すとこんな歌でした。
『旅の始まりは、早く終われと、そればかり考えていました。
ですが次第に楽しくなって、夢中になっていきました。
ですが旅は終わりがあるから楽しいもの。
今は、残り数首の旅路を心から楽しみたいと思います』
、と。
その歌の下には、山吹色の紙で作られた見事な切り絵。
それには、男と女が峠を越えてゆく風景が見事に描かれていて。
何故か男は狐のことを思い出して、涙が止まらなくなりました。
そして、その晩は一晩中泣き明かし、次の日から俳句と一緒に切り絵を始めるようになったのです。
――そんな事を知ってか知らずか、狐の旅は今も続いて、未だ旅の終わりはまだ見えないのでした。
おしまい
切り絵文 ほらほら @HORAHORA
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