第17話

 火曜日の朝。今朝は曇り空からまばらに日光の線が地上に伸びる中で小雨が降っている。妖精の世界はきっとずっとこんな天気なんだろうな。大きな波乱はない代わりに大きな感動もない。しとしととただ雨が降り注ぎ、行動意欲を削ぎに削ぐ。今日も気力が湧かない。気力が湧かないことにも慣れてきた。


 また別の何かを捉えにいく必要があるんだろう、きっと。それが今の自分では見えない/捕まえられないだけであって、そこをぐりぐり頭の中で考えたところで鮮明にはなってこない気がする。わからないならわからない中で歩いていくしかないよ。渦中なんだからあまり自己分析的にならない方がいい、その分析はきっと精度が低い。わからなさを受け入れて、わからなさの中で、腰を据えて生きてゆくしかない。そう自分に言い聞かせる。


 小雨が降る中、散歩に出かける。朝散歩するのは久しぶりだ。玄関を出て鍵を閉める。エレベーターで1階まで降り傘を差してエントランスを抜ける。山には大量の霧と湯気が立ち込めていて、雲との境界線があいまいだ。海は細々と振り続ける雨を穏やかに受け止めている。晴れている日の方が海には動きがある気がする。責任からひととき解放され、自由を謳歌する波は躍動感があって好きだ。今日は淡々と責任を果たそうと努めているみたい。


 しばらく歩いて、ロイヤルホストに入る。ダルダルのTシャツにジャージという格好で来てしまったことを後悔した。雨のため客はまばらだが、どの客もスーツもしくはビジネスカジュアルで、自分の場違い感が際立つ。モーニングを頼む。ここのロイヤルホストのモーニング、値段は張るが旨い。ベーコンが少し焦げるくらいの焼き加減で出てくるし、目玉焼きはちゃんと半熟だ。サラダのレタスも新鮮でパンもふわふわで小麦のベース味がしっかりとあるので主菜とのバランスが良い。お腹が空いていたので5分ほどでぱくぱくと食事を終え、食後のコーヒーを頼んだ。注文した時に口髭にパン屑がついていたことに気づき、さらに今月金欠だったことを思い出したが、もうどうでもいいやという気持ちになっていた。満腹になると大体のことはどうでも良くなる。深煎りのコーヒーを飲みながら、街をぼんやり眺める。山と海に囲まれ小雨が隠れたリズム隊を担うステージの上で、規則的に変わる信号機のライトと、対照に不規則に鳴る乗用車のクラクション。現実感のないちぐはぐな演奏が曇った窓ガラスから伺える。いつかはこの街ともお別れする時期が来ることに思いを馳せ、冷えたコーヒーを飲み干し、席を立った。

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未定2 @minatokafka

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