第16話

気がつくとベットの上にいた。いつも通り起床時は頭痛がある。そこまで大量に飲酒はしていないはずなのに、昨日の記憶が曖昧だ。どこまで散歩してた?誰かと会って何か話をしたんだっけ。思い出せない。だけど、なんだかハルの声が聞こえてから、これまで見ていた世界/もがいていた不安定な世界が閉じてしまったような感覚に陥っている。最初は自分の境遇を呪おうとも思った足場の崩れた不安定な世界をようやく少しは泳げるようになったかと思うと、なぜか閉じてしまった。それはそれで気持ちが落ち着かない。


やけに安心感がある。もしかしたら本来はこの安心を求めていたのかもしれない。だけどこの安心/安寧に浸るとみるみるうちに思考は鈍っていく予感がする。また解像度を下げ思考を止めて記号/構造に満ちた世界に戻るのか。自己保存の本能はそちらを臨んでいるのだろうか。わからない。だけど安心感に満ちているため、何もする気になれない。今日は幸い土曜日のため授業もない。空腹感もなかったため日中何も口にせず19時ごろに菓子パンを2つほど食べて、焼酎を水割りで1杯だけ飲んで寝た。


日曜日の朝、あいにくの雨。嫌な感じの雨。夜まで降り続きそうな気配を持つ、コンスタントに降水量を記録するタイプの雨。気圧の関係でいつもより頭痛が強い。ごまかすためにチタンの軽量マグにホットコーヒーを入れて飲む。いつもなら熱々のコーヒーが体の中を巡り、起動を促してくれるのだが今日はその効果を感じられない。近代SFモノでよくある地面からぽこぽこと湧き出てくるシャボン玉のような思念が今日は発生していない。おかしいな、調子が悪いのか。スマホを見ると友人からLINEが入っていたが、一旦無視してテレビを観る。録画していた深夜ドラマを二時間ほど観たが、やはり体は起動しない。思念も湧いてこない。スマホを再度みる。「元気してるか?」という内容のLINEが友人から来ていたので、「元気だよ。また地元に帰ったら遊ぼう」という文章とインストール時から標準で使用できる凛々しい眉毛とつぶらな瞳のスキンヘッド色白おじさんがグッドサイン片手にドヤ顔しているスタンプを送信したあと、電源を消した。口の中が気持ち悪くなってきたので歯間ブラシ、歯磨き、舌苔除去をいつもの倍の時間かけて行った。すっきりしたので、焼酎の水割りを氷なしで1杯だけ飲んで昼寝をした。夕方ごろに起きてからも飲酒を続けた。外は陽が落ちかけているという点だけが変化していて、雨はいまだに一定のリズムでこの街に降り注いでいる。2日間続けて何もする気が起きない。何かを見失ってしまったのだろうか。もしくは見たいものを見るための体力/精神力が足りていないのか。いやそれともこうやって短いセンテンスで問題を捉えようとするアプローチが良くないのか... わからない。わかっているのは2日前まで満ち満ちていた気力が嘘のようになくなったということだけだ。夜の散歩の時に踊っていた心がぐっすりと音も立てず眠ってしまった。ずっとベットの上にいて、今日口にしたのは焼酎だけ。頭が回るわけがない。諦めよう、今日はだめだ。深夜ドラマの続きを観ながら寝落ちした。


月曜日の朝。一向に気力は戻らない。どうしてしまったんだろう。今日は授業があるから行かないといけないのに、ベットの上から起き上がれない。鬱か?いや、精神に衝撃を食らう出来事は直近起こってないはずだ。今日はコーヒーすら飲む気になれない。外は嫌味なほどの快晴だ。気温も30度近くまでありそう。酒を飲む気にもなれない。そういえば今月もうあまりお金もなかった気がする。体力/気力もなく、授業にいけない罪悪感もあり、金欠という問題も抱えている。僕がバッドトリップする定番パターンなのに、全くもって憂鬱になっていない。何なんだろう、この安心感は。こういう状況で焦り/嫉妬/憎しみをパワーに変えて、人生を前進させてきたはずなのに、それらの負の感情はどこに消えてしまったんだろう?何でこんなに安心してるんだ?不安定さも消えて、思考停止の日々が3日も続くと逆に不安になる。でも、もう焦っても仕方がないのかもしれない。今日起床した時点でわかったが、今日も気力は湧いていない。明日にもおそらく気力は回復しない。もう待つしかないのかもしれない。インスタントラーメンの蓋を開ける気力すらなかった。火薬を開けて乾麺に掛けたり、お湯を注いで数分待つのがひどく難易度の高いタスクに感じられた。

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