第15話

途中で目が覚めた。外の喧騒度合や夜の更け方的におそらく深夜3時ごろなのではないだろうか。窓を開けっぱなしにしてしまっていた。カーテンが夜風に棚引いている。今夜は珍しく湿気のない静かな夜だ。目もなんだか冴えているので寝巻きのままサンダルを履いて玄関を出た。


大学生になった頃からこうしてたまに夜に目が覚めて散歩をするようになった。実家で暮らしていた頃は夜に目が覚めることがそもそもなかったし、街灯が極端に少ない田舎町に住んでいたので、深夜は文字通り夜がしっかり深くまでその街を支配していた。


この街は夜の支配が薄い。駅を挟んで北側に山脈が、南側に海があり、山風/海風が重なり合って流れる通りを歩いている。夜に歩くからいい。昼にこの通りは歩きたくない。自然の雄大さを直に受けてしまうからだ。ピースの両切りタバコを吸うほどには、まだ感性は死んでいない。自分にとって適切なのがおそらく深夜だ。赤信号に当たった。猥雑なピンクネオンとコモデティなコンビニの蛍光灯と控えめな月の光が僕にとってのフィルターだ。「じゃあ君にとってのたばこはなんなの?」秋奈が耳元で呟いた気がした。


この街にもう2年近く暮らしている。馴染みの飲み屋や行きつけの定食屋ができた。エロくて根明な女の子が働いているピンクサロンも大学の先輩に教えてもらった。始発と終電の時間も知った。土地柄の関係でこの街で働く大人たちの8割方が漁業か金融関係の会社員、もしくは公務員であることも知った。家賃が安く3-4万円出せば風呂トイレ別の1LDKの物件に住めることも知った。


大学に入学した時と比べると情報量は格段に増えているし、この街での人間関係の豊かさも増した。だけど一向にこの街の全体感が掴めない。一つ一つの情報が連なってこない。そもそも街ってどういう構成をされているんだ?街とはどこまで情報を仕入れ、何と何を繋げ、そして誰とどこまで進めば把握できるんだ?


地元にいたときにはこんなことを考えたことがなかった。考えるきっかけも考える必要もなかったんだろう、きっと。だけど、いつからだろう、こんなことを考え出したのは。自分の足場がガラガラと崩れ、把握していたと思ったものが、実は切り取り線を丁寧に切って、本来その把握している対象が有するべき質量を削ぎ落としていただけだと気づいた。気づいたからと言って、対抗する力もなければ、手段も知らない。なんとか、その日その日をごまかしながら生きていくしかない。


ごまかせなくなった日に僕は夜に目覚めるのかもしれない。どうしようもなくなったとき、いろいろな種類の光がフィルターとなってくれて、今の状況を解決するためのヒントを与えてくれているのかもしれない。


「じゃあ君にとってのたばこはなんなの?」呟いていたのは秋奈ではない。ハルだ。

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