第6話
漆黒のドレスに身を包み、お母様から頂いた服と揃いのつば広帽子を被っている。谷山から見える日が眩しくこちらに差していた。
「それじゃあ行こっか、アイリス。」
「かしこまりましたお嬢様。」
隣にメイドであるアイリスを従えて、お母様が用意してくれた馬車が待つ場所まで向かった。
「わぁ、凄い。」
馬車にたどり着くと黒をベースとして縁を金色している豪華な屋形に驚いた。一般にイメージしていた物とは若干違いがあれど本物を目にすると圧巻のあまり驚愕する。自分が乗って大丈夫かと不安になってしまう。
そう考えていると三人の近衛兵がこちらに向かってきた。
「お初にお目にかかります。私はエスターク家直属の近衛兵。名をエスパダと申します。」
「同じく直属の近衛兵エスクドと申します。そしてこっちは、俺たちと同じく直属の近衛兵・・・」
「アルカ…です。ほほほ、本日はよろしゅくお願いします。」
礼儀正しくお辞儀をする三人の近衛兵がお母様が用意してくれた護衛の方たちだ。
「はじめましてエスパダさん、エスクドさん、アルカさん。本日は私の護衛を宜しくお願いします。」
「いえいえいえ!此方こそ私みたいなゴミ屑をディア様の護衛をさせて貰えて光栄です」
「こら、アルカ。自分を卑下するなとあれほど言っただろ。」
「ひぃ!!すいません。無能のゴミでごめんなさい!」
「はぁ、アルカお前って奴は……」
「二人ともディア様に醜態あまり見せないで下さい。───ディア様、お見苦しい所をお見せてしてしまってすみません。」
「いえ、別に構いません。寧ろこっちの方が華やかで面白いですよ。」
堅いの良い男性近衛兵エスクドさんと挙動不審な女性近衛兵アルカさんが二人で口論をしているとそれを宥めようとする好青年のエスパダさん。三人とも個性的で見ていて飽きたらない。
それにちょっと前まで馬車で出かけるなら護衛の怖い人達とよりも面白い人達と行きたかったから、こちらの願いが叶って満足だ。
「お嬢様。そろそろ馬車にお乗り下さい。」
アイリスは場所の扉を開けて、出発の時間である事を私に告げる。それを聞いて三人も近衛兵も茶番をやめて「では、また」とお辞儀をして持ち馬の元に戻る。
「それでは本日は宜しくお願いします。」
御者にも礼儀を忘れずに行うと、御者は何も言わずただ会釈した。
私はアイリスの手を取り馬車に乗り込んだ。
&
馬車から見える果樹畑と流れる綺麗な小川を眺めていた私は自分の領地から離れる寂しさと共に一つ大きなため息を吐いた。
「大丈夫ですかお嬢様。気分が優れないようでしたら馬車を止めるように伝えますが。」
「大丈夫。このまま走らせていいから。」
アイリスの気を知りながらも私は憂鬱までに気分が落ちていた。
ガタガタと揺れるこの馬車の最終目的地はこの土地、我がエスターク領から離れて一つ山を越えた先にあるリンギング王国の中心都市、王都のクラージュアスへと向かって進んでいる。
何せ今日はお母様が言っていた王家主催のパーティーの日である。
半端にお母様の圧迫感に追い込まれまるで強制的に参加させられたパーティーだが、参加すると言ってしまったからには無礼が無いようにしておきたい。
その為、粗相がないようにこの日までの一週間で貴族のマナーや礼儀をアイリスに頼んでしっかりと振り返りもしてきたが、それでも人が沢山居るパーティーに参加すること自体が乗り気ではなかった。
電車よりも激しく上下に細かく揺れる馬車は徐々に山道へと入り、王都クラージュアスへと進んで行く度に私の気持ちも段々と沈んでいく。
人付き合いが苦手な私にとって、パーティーとはもはや地獄でしかなかった。
知り慣れた相手ならまだしも、ほぼ初対面と変わらない人に向かって愛想良く接することがどうしても苦手である。
緊張をするのもあるが、前世からも初対面の人と話すだけでも私はかなり疲れるのだ。
気軽に話せられない相手が少ないのも困ったものだが、公爵という各位の所為もあって普通の令嬢よりも人と関わりが多くなるはずなので私のメンタルは崩壊の道を辿っていた。
パーティーの中で義弟キルと一緒に行動すると思うだけで気持ちが廃れていくような感覚である。
今すぐにでも屋敷に帰ってベッドの上で一日中寝転がりたい気持ちであるが、お母様が私の我儘を聞いてくれたので、こちらもお母様の要望に沿うように答えるつもりだ。
それにここまで来て馬車を私の我儘一つで引き返し、屋敷に帰るのも申し訳ない気もしていた。
背にもたれ掛かり、再び大きいため息をついた。きっとアイリスには心配されているかもしれない。何せ今まで以上に重たいため息をついてしまったからだ。
「………もう、帰りたいです。お母様。」
小さく呟いた一度だけの弱音。それに答えてくれる人は居なく、この馬車内だけで響く私の本音。ここで潰えるであろう今の気持ちである。
「それでも堪えなければならないのよ。そうしなければ人間は成長できないの。」
聞こえる筈のない声が耳の中に残る。正解がない問いに答えが出される。
居るはずがない。ただ単純にそう思いたかった。それでも耳の中で残る声がそう思わせてくれない。
声が聞こえた方向に振り向く。頭の少し上にある小さな窓から見えるのはローブを羽織った御者の後ろ姿だけ。
私が思い浮かべた人物は居なく、聞き間違いにしてしまうのには丁度良かった。このまま間違えたと思った方が自分にとっては都合が良かった。
だがしかし、現実はそう甘くは無い。簡単に自分の都合の良い事は起きる事はないのだ。
私が御者の方へと向いていると、それに気付いた御者はほっそりとした白い手で私に顔を見せるようにローブを耳に掛けて、黒い瞳を持った女性が優しい微笑みでこちらを向いた。
「お母様……。」
見間違える筈がない凛としているのに母性を感じさせるような穏やかで品のある女性、それは間違えなく私のお母様であった。
「思ったより反応が薄かったわね。もっと大袈裟に驚くと思ったけど、これだとドッキリは失敗ね。」
そう言って落胆させたお母様は前と向き、身に付けている綺麗な白い手袋で馬の手綱を引いた。その手袋の上から緑色に光る宝石が嵌められた指輪を着けていた。
「充分に驚いていますよお母様。ただ、今は少し気分が優れないですから反応が低いだけです。」
私はお母様に背を向けてそう言葉を返す。勿論、お母様の前で丁寧語で話すことはしっかりとしている。
そう言った家族の取決めは一切無いが、私が歳上の人と会話をしている時に出るいつもの癖だといっても良いだろう。まぁ、アイリスを除いてだが。
「そう言って貰えるのは嬉しいんだけど、ディア本当に大丈夫かしら?気分が悪いなら今すぐにでも馬車を止めるわよ。」
「ありがとうございますお母様。ですが心配しないで下さい。私は大丈夫ですから。」
お母様に心配をかけられたくないがために今の気持ちとは正反対な言葉で返した。
馬車が小刻みに揺れる。景色は徐々に焦げ茶色の崖に囲まれた山岳地帯へと進んでいた。
それにしても何故、私の乗る馬車でお母様が御者をされているのであろうか。
私は疑問に思い、隣に座るアイリスの方に向き、目が合った。
それでアイリスは何かを察したのか、はたまた私の心を透かしたのか、「私にも分かりません。」と一言、小声で発した。
アイリスも分からないとなると、つまりお母様は御者を手配しておらず、お母様が御者していたことになる。
「あの、お母様が手配なされた筈の御者をどうなされたのですか。」
「ああ、彼なら前々から働き過ぎだったこともあって休暇をとって貰ったわよ。」
だから私が代わりにね。とお母様はそう言い、こちらに向かって軽くウインクをした。
やはり最初から計画されていたようだ。
「それなら前もって私に伝えて下さったら、私が他の方を準備しましたし、わざわざお母様が御者をしなくてもよかったのですよ。」
「それでも良かったのだけれど、でもディアの驚いた顔が見て見たくて皆んなに内緒で御者になったのよ。」
「は、はあ……?」
あまりにも自由過ぎるお母様の行動に後からの言葉が出て来なかった。ツッコみたいところもあるが、今はとてもその気力が湧かない。
それよりも御者をアイリスと交代しなくて良いのだろうか。
一応、お母様は公爵の奥様で、本来なら馬車の中に乗り守られなければならない存在である。だから御者をアイリスと交代して貰う方が常識的だ。
それにお母様に御者して貰うのも気が引けるのも一つの理由でもある。
「お母様、早朝からでお疲れのようですから、そろそろ御者をアイリスと交代してはいかがですか?」
「別にこのぐらいの疲れは何とかなるわ。それに私自身も実験……ゴホン、やりたい事があるのよ。」
お母様の口から物騒な単語が言って言い直した気がするが、何事もなかったかのように言葉を続けた。
「兎に角、ディアが思っている事は気にしなくて良いわよ。お母さん、これでも強いのよ。」
「それでも、御者をアイリスに代わったほうが…」
「だから大丈夫よ、お母さんを信じなさい。それに頼もしい近衛兵が三人も居るのですもの。」
何処からそんな自信が出るのか、鼻歌を混じりながら昨日とはまるで別人のように楽しそうに馬車を操るお母様であった。
(心配だなぁ)
いくら護衛の人たちが居るからと安心しているとはいえ、安易に御者するのは危険だ。もし、矢が飛んできたらお母様の命が危うい。そう、こんな風に‥…って!
思考しながら外を眺めると矢が此方に向かって飛んできた。
「ッ!?」
「お嬢様!!」
一瞬の出来事に驚きのあまり目を瞑った。その時自分の死を覚悟したが目を瞑って次に聞こえたのは鉄同士がぶつかり合う音。体の痛みがなく、代わりに柔らかい感触と洗剤の匂いがした。目を開けるとアイリスの胸元が映る。きっとアイリスが私を引き寄せて庇ってくれたのだろう。
「アイリス大丈夫!?」
「はい、私は大丈夫です。どうやら護衛の方々が守ってくれたみたいですね。」
そういうとアイリスは抱きしめるのを緩めて外の方向を見上げる。私もアイリスに釣られて外を見上げた。
そこに映ったのは覚えのある大柄の背中。颯爽と馬を走らせながら近衛兵のエスクドさんが盾を持って放たれた矢から私たちを守ってくれたのだ。
そして馬の鳴声と共に馬車が大きく揺れて止まった。
「お母様!一体何が!?」
お母様に問いかけて狭いガラス張りの窓から外をみる。するとそこには何十人もの大柄の男たちがこちらの道を塞いでいたのだ。
「どうやら山賊たちに道を阻まれたみたいね。」
落ち着いた声色でお母様はそう言った。
破滅ルート回避の為に令嬢は頑張ります(仮) @baka1
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