The Dreaming Mirror Ball

 ある年の暮れ、千秋はひとりコタツにあたりながらスマホに向かってぶつぶつ呟いていた。


「あめ、あき、あい、あみ……いや違うな。まこ、まあ、まい……あ! あぬ――? うん、あぬ、あぬ……。いやあぬってなんだよ」


 千秋は気を取り直すようにテレビをつけた。どうにもしっくりくる名前が浮かばないらしい。しまいには数少ない高校時代からの友人の名をぶつぶつと呟きはじめる始末。


「なっち」


 どんなに離れていても忙しくてもめげずに誘ってくれるその行動力や企画力は、彼女の優しさとそれを支える信じる力の現れであろう。自然と人が集まってくるような空気が彼女にはあるように思われた。


「みーちゃん」


 彼女の運動神経と時間管理能力は抜きん出ていて、それこそ一日何時間あるのだろうと不思議に思うこともあったが、彼女の一番の能力は何よりもその愛情深さであろう。彼女の周りにはこれからも信頼と喜びが常に存在し続けるように思われた。


「さっこ」


 彼女は生粋のエンターテイナーである。異論は認める。話術に長け、絵も描けるし将棋もできる。何より手料理が抜群に美味しい。才能と一言で片付けてしまうには惜しいほど、彼女自身が己の能力をシビアに見つめてきたのではないか。そんな誰かを楽しませることを躊躇わない彼女の周りにはいつも笑い声が響いている。


「はるちん(あるいは はるつぃん)」

 

 彼女のことは、千秋にも正直ちょっとよくわからなかったが、きっと水鏡を覗いたら真っ暗であることは間違いないだろう。

 幸いなのは、彼女は一時帯状疱疹をこじらせて臥せっていたが、痛みや熱に苦しんでからというもの、嘘のように頭痛が治ったそうだ。

 相変わらず体は丈夫な方ではなさそうだが(先日もインフルエンザで友人との約束をドタキャンした上、朦朧としていたのか微妙に日付まで勘違いしていた)、彼女なりにコントロール出来るようになってきてはいるのだろう。


『あーあ、どこかにノートパソコン支給してくれて自由にリモートさせてくれるいい仕事、転がってないかなー』


 と、ゴロゴロしながらぼやく彼女の転職活動が明るいものであることを千秋が天に祈っていると――、


『マヌー! マヌー!』


 ふいにテレビからどこぞのフランス映画の冒険者たちの台詞が聞こえてきた。


『この嘘つきめ』


 そういって最後にニヤリと笑った俳優は誰だったか――。


 千秋がとめどないことを考えていると、スマホがラインと光った。


『従兄弟がライブに出るからよかったら観てね』


 そんななっちからのメッセージだった。


 彼女は一時おばあちゃん家に下宿していた時期があるのだが、よくよく聞いてみれば、従兄弟が上京してくるからということで引っ越したのだった。


 千秋は彼女のおばあちゃんトークが好きだった。

 家の天井にミラーボールがあると聞いた時には、ファンキーなおばあちゃんだなと思ったが、家を取り壊す前に撮影スタッフさんがめちゃくちゃ綺麗に掃除してくれたというエピソードに、そのおばあちゃんの人柄が現れているように思われた。

 きっとおばあちゃんは分け隔てなく人を見守ってきたのだろう。


 もしかしたらなっちも将来そんな存在になっていくのではないか――?


 そんなとりとめもないことを考えながら千秋はテレビのリモコンを押した。

 

 チャンネルが変わると、テレビの向こうではなっちの従兄弟がコタツを囲んで仲間たちと歌っていた。


「おばあちゃん家でライブとは粋だねぇ」


 どういうわけかは知らないが、千秋は無性にハンバーガーが食べたくなった。


「ハッピーニューイヤーおばあちゃ……」


 と呟きかけて千秋は我に返る。


「いや、全然関係ないじゃん」


 はははっと笑いながら独りごちると、千秋は最後にもう一度皆の幸せを祈った。


「素敵な一年でありますように✴️」



 (了)

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演出家の助手 (仮) 数波ちよほ @cyobo1011

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