第24話 決着、そして
自分よりいきり立つ者がいると人は冷静になるものである。
カテリーナに危害が加えられそうになって腸が煮えくり返っていたベルナルドも、冷静な政治家としての顔を取り戻した。
「何らかの罰は必要だが死刑にはしない。まあ、とりあえず、レオポルト殿を落ち着かせるのが先決だな」
シュトルムは決定が下ったとあらばと口をつぐむ。
あくまで自分は助言をする立場と心得ていた。
カテリーナを伴ったベルナルドは部下を従え屋敷の玄関へと赴く。
レオポルトはカテリーナの元気そうな顔を見て平穏を取り戻した。
カテリーナは父親の腹を指でつつく。
「お父様。大騒ぎをなさって恥ずかしいですわ。私はこの通り無事です。ほら、殿下も困っていらっしゃいます」
「やや。これは失礼をした。お騒がせして申し訳ない」
その手には噂通り戦槌がしっかり握られていた。
ベルナルドは如才なく義理の父を慰撫する。
「いや、大切な娘の身に何かあったと聞けば駆けつけたくなるのは人情というものでしょう」
カテリーナも感謝の言葉を口にした。
「こうやって心配して頂いて、感謝していますわ。お父様」
「あ、いや、無事ならば本当に良かった。して、狼藉者はどちらに? 大逆をはたらいた者どもに鉄槌を下してやりましょう」
「それなのですが、どうも話が一人歩きしているようです。窮状を訴えようと直訴しようと裏から入り込んだのですが、妻にジャガイモを振る舞われている間にお縄になったというだけで、それほど大した話ではないのです」
ベルナルドの説明に、レオポルトは顔に大汗をかき始める。
「殿下の屋敷に暴徒が押し入ったと聞いて、矢も盾もたまらず来てしまいましたが、これは本当にお騒がせでしたな。娘の顔も見ることができたのでこれにて失礼いたす」
「レオポルト殿のお気持ちは分かっています。お気になさらず」
「新作のジャガイモ料理を父上の館にもお届けしますわ」
レオポルトが去った後、ベルナルドは執務室で改めて刑罰の議論を始めた。
なかなか丁度いい量刑が決まらないところへ、カテリーナの依頼で厨房からパリパリが届けられ少し休憩することにする。
「ふむ。これもなかなかの味だな」
その言葉にカテリーナはぱっと顔を輝かせた。
「ああ。良かった。気に入って頂けて」
その笑顔を見て、ベルナルドにいい考えが浮かぶ。
「都の近くに私が所有する遊休地があったな」
「はい。もとは鷹狩に使われていた場所です」
「そこに新たにジャガイモ畑を作ろうと思う」
さすがのシュトルムも話題についていけなかった。
「それは結構ですが……」
「そこには作男が必要だろう。今回、館に侵入してきた者は、ジャガイモ畑で労働に従事することとする。もちろん無給だ。ただし、収穫物の一部はカテリーナの差配で現物支給しても構わない」
「ありがとうございます」
カテリーナはぱっとベルナルドに抱きつく。
このように積極的な愛情表現をするのは初めてのことだった。
ベルナルドも自然と笑みをこぼす。
「あの。俺たち席を外しましょうか?」
ドランクのセリフにカテリーナは抱擁を解き、頬を赤く染めた。
ベルナルドはわざとらしい咳ばらいをする。
「あー。ただし、扇動しておきながら逃げ出した男は別だ。きっと背後に大物が居るだろう。吐かせろ」
拷問してでも、という言葉は省略したが、ドランクは正しく理解した。
皿の上のパリパリを一つ掴むと立ち上がり、ドランクは空いた手で胸を叩いて請け負う。そして、カテリーナに一礼した。
「奥方様。ご馳走様です。仕事のようなので一つ頂いていきますね」
勇躍して部屋を出ていく。
シュトルムはため息をついた。
「色々言いたいことはありますが、殿下がお決めになったことであれば仕方ありません。私は罪人たちにいかに殿下と奥方様が慈悲深い方かということをこんこんと説諭いたしましょう」
結局、間者は自白する。
その供述に基づいてアジトを急襲するがもぬけの殻だった。
ただ、背後には神聖アギ帝国が居たことがほぼ間違いないことが分かり、ベルナルドはさらに気を引き締める。
王太子妃と知りながら害そうとしたことに帝国の野心と聖女への執着を見ていた。
新たなジャガイモ畑の構想を楽し気に話すカテリーナの様子を眺めながら、必ず守って見せると誓いを新たにする。
ロンダーフにおける諜報網の拠点を失って神聖アギ帝国の皇帝はこめかみの血管がブチ切れそうになるほど激怒した。
宮廷で大臣たちに対して吠えたける。
「もう我慢がならん。ロードルト王国など蹂躙して、聖女を手に入れてやる。直ちに兵を動員しろ」
総兵力でロードルト王国の4倍近い動員力を有する神聖アギ帝国がついに動き出そうとしていた。
自由都市アヴァランカの一角では闇の勢力の協力者たちが、再び聖女候補の隷属化計画を発動しようとしている。
狙いはもちろんカテリーナ。
世界中から視線が注がれる存在になったカテリーナであるが、本人はあまり変わらない。
自分が聖女かどうかということにも頓着していなかった。
まあ、能力が発現したらそのとき考えましょう、ぐらいに構えている。
相変わらず生活の中心にあるのはジャガイモであった。
一応、二番目に関心があるのはベルナルドである。
夫に対しジャガイモの精のことを話しそびれていることが、少しだけ気になっていた。
ただ、それもいずれ機会があるでしょ、とあまり深刻には悩んでいない。
ジャガイモの素晴らしさを広めようというカテリーナの活動は、結婚によってその道が開けたが、まだまだ端緒についたばかりだった。
***
作者の新巻です。
コンテスト用の規定文字数内でキリがいいところとなりましたので、ここで一旦完結とさせて頂きます。
ここまで、お付き合いありがとうございました。
令嬢はジャガイモを愛し愛されて 新巻へもん @shakesama
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