第23話 後始末

 ベルナルドの屋敷の警備兵が駆けつけて、侵入者たちは全員拘束される。

 警備兵と一緒に到着したシュトルムは、その様子を冷たい目で見ていた。

 梯子を使って壁に上がった警備兵が叫び声をあげる。

「外に不審者が倒れております」

「そいつも拘束しろ!」


 警備兵が数人壁の向うに消えた。

「確保しました。表から運び入れます」

 その声にベルナルドは表情を緩めると、カテリーナを振り返り、腕の中にその身を抱きしめる。

「本当に怪我はないのだな?」

「はい。まったく」

「それは良かった」


 警備兵の巡回を指示するとベルナルドは、カテリーナをエスコートして館に戻り始めた。

 カテリーナはジャガイモ畑を名残惜しそうに振り返る。

 その様子に気が付いたベルナルドは妻の耳に囁いた。


「別にジャガイモの世話を禁じたりはしないさ。ただ、安全を確保できたと思えるまで少し待っていて欲しい。それに、軽食をすべて分け与えて食べ損ねたのだろう? 私も疲れた。一緒に軽く食事をしよう」

 こうまで言われればカテリーナも我を張るわけにはいかない。ジョシュア爺さんとポージ婆さんに手を振った。


 ベルナルドは途中でドランクを招き寄せて屋敷の裏側の警備が薄かったことを軽く咎める。

 それに対してドランクが謝罪しようというのを止めた。

「まあ、原因は分かっている。どうしても兵は私の安全を優先しようするだろうからな。だが、今日のことを教訓として生かすよう伝えよ。今後は我が妻の安全も同様に守るようにとな」

「はっ。肝に命じさせます」


 それからベルナルドとカテリーナの二人は食堂で遅い昼食をとる。

 薄切りにしたジャガイモを重ねて、クリームとチーズをかけて窯で焼いたものをごく軽い発泡ワインとともに楽しんだ。

「私が食べさせてもらえなかったパリパリというもの、次はぜひ相伴させてほしいね」

「先ほどは割と評判が良かったんです。お口に合うか分かりませんが、ベルナルドもぜひ」


 そんな会話をしながら食事を終える頃に、シュトルムとドランクがやってくる。

「ご報告させていただきます。拘束した者たちは全員ロンダーフの貧民街でくらしている者たちのようです。敷地の外で倒れていた者が煽ったと思われます」

「外にいた奴はずっとだんまりです。なんか他の者とは違う臭いがする気がしますがね。何はともあれ、あそこに倒れていたのは運が良かったですな。大方、梯子を踏み外して頭から落ちたのでしょう」


 カテリーナはお茶のカップに口をつけ、表情が見えないようにしていた。

 誰も知らないことだが、逃げ出した男に制裁を加えるようにと、呼びかけの言葉に加えて口の中で呟いている。ジャガイモ料理を粗末にしたことがどうしても許せなかったのだ。

 間者が敷地の外に降り立った瞬間、背後に現れたジャガイモの精が握った両手を振り下ろし昏倒させる。その後、すぐにジャガイモの精は姿を消したのだった。


 実はカテリーナは、結婚式の夜以外にも数度ジャガイモの精と話をしているが、何かをお願いしたのは初めてである。

 それ以外のときはちょっとした他愛もないおしゃべりをしただけだった。

 唯一カテリーナを驚かせたのは、自分が聖女だから助けてくれるのか、との問いに、ジャガイモの精が聖女とは何か知らなかったことである。


 返事からは聖女の件とジャガイモの精には何も関係がないとしか考えられない。

 謎が増える形になったが、カテリーナは成り行きにまかせることにする。

 一方で、ジャガイモの精はジャガイモの普及促進に勤しむカテリーナに感銘を受けていた。

 そのカテリーナに頼まれれば、他の者に見られないように間者を足止めするなど朝飯前である。


 シュトルムが姿勢を正した。

「殿下。あの者たちの罪状は王家に対する反逆です。処分としては、本人のみならず、親兄弟、配偶者、十六歳以上の子まで全員死刑、それ以外は奴隷として終身労役というところが相場ですが、いかがなさいますか?」


 カテリーナの顔色がみるみるうちに青ざめる。

 その様子を見て、ベルナルドは手を伸ばし、その手を握った。

「リーナ。直接に相対していたのはそなただ。ぜひ、意見を聴かせてほしい」

「私が直接聞いたのは、『生活が苦しいので文句を言いに来た』ということだけです。逃げ出した男はもっと過激なことを言っていましたけど。人の家の敷地に入って騒ぐのは良くないですが、死刑というほどの話とは思えません」

「ふむ」

 ベルナルドは考え込む。


 主に代わってシュトルムが論陣を張った。

「奥方様。お言葉ですがあのような暴挙を許したらますますつけあがります。今回は事なきを得ましたが、次回もそうなる保証はありません。今後のためにも厳しい処分が必要かと存じます」

 ベルナルドに向き直る。

「大事な奥方に何かあってからでは遅いのではありませんか?」


 うむむ、とベルナルドは唸った。

 ちょうどその時、玄関の方が騒がしくなる。

「娘は無事か? もし、何かあれば不逞の輩は全員叩きのめしてくれる! ええい、早く案内をせぬか!」

 レオポルト・フォン・イエッターの大音声に、カテリーナは手で顔を覆うのだった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る