友人の正体

三鹿ショート

友人の正体

 学生時代から現在に至るまで交流が続いていた友人の訃報には、当然ながら涙を流した。

 彼は私にとって親友と言っても過言ではないほどの存在であり、彼もまた私のことをそのように思ってくれていたらどれほど幸福だろうか。

 彼との思い出は、数えればきりがない。

 週末には必ず互いの自宅を訪問し、談笑することもあればそれぞれが好きなように過ごしたこともある。

 どのような会話をしたのか、細部までは記憶していないものの、彼と喧嘩をしたことが一度も無いということは、確実だった。

 そもそも彼が穏やかな性格だったことを考えると、他者と争い、怒りに満ちた表情を終生見せたことはなかったのではないだろうか。

 彼は、誰もが見習うべき人格者である。

 ゆえに、彼の娘だと名乗る少女から聞いた話を、私は受け入れることができなかった。


***


 頼れる親戚が存在しないため、彼女は父親と仲の良かった私を訪ねてきた。

 交際関係にある相手や支えるべき家族と同居しているわけではないため、彼の役に立つのならばと、私は彼女を受け入れることにした。

 友人の娘であるために、彼女に対して異性という認識を持つことはない。

 当初は緊張した雰囲気を身に纏っていたが、同じ時間を過ごしていくうちに彼女は私に心を開いてくれるようになり、いつしか冗談を言い合えるほどに親しくなった。

 だからこそ、彼女は真実を語ることにしたのだろうか。

「私の母親が誰か、あなたは知っていますか」

 夕食の途中で、不意に彼女はそのような問いを発した。

 学生時代から彼には女性の影が無かったために、想像がつかない。

 そもそも、彼に娘が存在していたということすら知らなかったのだ。

 伝えなかったことには彼なりの事情があるのだろうと考えたが、気にならないといえば嘘になる。

 私が首を左右に振ると、彼女は箸を置き、真剣な眼差しを私に向けながら、

「私の叔母にあたる人です」

 私は一瞬、彼女の言葉の意味を理解することができなかった。

 彼女にとっての叔母ということは、彼の妹である。

 つまり、彼は妹に自分の子どもを産ませたということになるのだ。

 確かに、彼には妹が存在していた。

 彼の自宅を訪れた際、よく出迎えてくれていたことを覚えている。

 兄妹の仲は悪くないどころか、良く見えたものだ。

 その親密さが、間違った方向へと進んでしまったとでもいうのだろうか。

 私の表情からその疑問を察したのか、彼女は首を横に振った。

「良好な関係による結果ではありません」

 それから、彼女は語った。

 私が認識していた彼とは同一人物だとは思えないような、獣の話である。


***


 彼とその妹の仲が良かったのは、妹が思春期を迎える頃までだった。

 成長した妹は、その身を心配する兄の過干渉を疎ましく思うようになり、いつしか邪険に扱うようになった。

 それでも彼は妹の身を案じ続けたが、妹が交際を開始した相手のことを知ると、ますます不安に襲われた。

 あまり評判の良くない相手だったため、いつか妹が何らかの事件に巻き込まれるのではないかと気がかりになり、彼は別れるように迫ったが、妹は聞き入れなかった。

 それどころか、己の人生を妹の心配に捧げるその姿勢を馬鹿にしたのである。

 そこで、彼の中の何かが弾けた。

「誰とも接触しなければ、問題が起きることもない」

 彼は妹の髪の毛を掴み、その身体を引きずりながら自室へと連れて行くと、抵抗する意志が消失するまで、肉親の身体と精神を傷つけ続けることにした。

 最初の晩、意識を失うまで陵辱を続けた彼は、近所の店で購入してきた首輪などを使い、妹の監禁の開始した。

 当初は彼を罵倒し、抵抗を続けていたが、そのたびに反撃されていくうちに、妹は兄に対して従順になっていった。

 だが、そのような生活を続けていれば、避けられない現実が訪れる。

 妹は、兄の子どもを宿したのだ。

 禁忌の証たるその子どもに対して、兄妹は生命を奪おうとはしなかった。

 自分たちに罪はあるが、生まれてくる子どもには無いのである。

 社会人である兄は、金に物を言わせ、内密で出産の手伝いをする医者を捜し出し、彼女をこの世界に迎え入れた。

 それからは、妹にとって彼女が生き甲斐となり、その姿を見てもはや何処にも行くことはないと考えたのか、兄は監禁を止めることにした。

 しかし、その判断は誤りで、彼女がどのような経緯で誕生したのかをふと思い出した妹は、突如として取り乱し、外へと飛び出した。

 その結果、妹は自動車に撥ねられ、この世を去った。

 妹にとって、苦しみから逃れることが出来たその結末は良いものだったのかもしれない。

 だが、彼にとって、それは受け入れることができなかった。

 それ以来、彼は妹に似た人間を捜しては、妹と同じように監禁し、彼女の母親役を務めさせようとした。

 しかし、当然ながら上手くいくはずもなく、彼の眼鏡にかなわない女性たちは、次々と始末されていった。

 消えていく母親役たちがどうなったのかを、彼女は知らなかった。

 ゆえに、純粋な疑問から彼に尋ねたところ、彼は全てを話した。

 彼女は、父親に対して恐れを抱いた。

 罪悪感がまるで無い語り口を前に、いつか自分が同じ目に遭うのではないかと震えた。

 だからこそ、彼女は父親の機嫌を損ねないように努力を重ねた。

 どこに出しても恥ずかしくない良い娘の行動原理が自身に対する恐怖によるものなど、彼は死ぬまで知らなかったことだろう。


***


 私には、彼女が語った内容が真実かどうかを確認するすべはない。

 だが、彼女が私に偽りの物語を話す理由も無いだろう。

 彼女はすっかり冷めてしまった夕食を再び口に運び始めたが、彼女の話を聞いたことで生まれた疑問を、私は発した。

「本当に、彼は交通事故で死亡したのか」

 彼の死因は、皮肉にも苦しめた妹と同じ交通事故によるものだった。

 しかし、彼女が語った内容から考えると、彼に恨みを抱いている人間は多い。

 交通事故を装って殺害した可能性もあるのではないか。

 私の疑問に対して、彼女は口に入れた食物を嚥下した後、

「本当です。ただ、偶然にも自動車の運転手は、母親の死後、最初に監禁した女性の父親でしたが」

 淡々と語る彼女の姿に、私は彼女が事情を話したのではないかと考えた。

 これまで彼の周囲で行方不明の女性の話題が無かったことを考えると、彼は死体を上手く隠していたのだろう。

 だが、彼女にとって、自身にまつわる女性たちに起きた悲劇の元凶を、見逃すことはできなかった。

 しかし、彼女にとって父親とは畏怖の対象であり、父親に反撃されることなく報復するという計画が失敗すれば、自身の立場が危うくなる。

 ゆえに、確実に恨みを晴らしたいと強く願っている他者に実行させれば良いのだと思い至ったのかもしれない。

 彼女に対する恐怖心が、私に芽生えた。

 いくら恨みを抱いているとはいえ、血の繋がった父親を殺め、それを何事もなく語るその姿は、私がこれまで知らなかった、彼の隠れていた姿と何ら変わりはないのではないか。

 人間は見かけによらぬものとはよく言ったものだが、それは彼女にも当てはまる。

 その話を聞いた今、同情もあるとはいえ、彼女をぞんざいに扱うことができなくなってしまった。

 もしかすると、彼女はそれを狙って、私に真実を話したのだろうか。

 私は、誰彼も信用することができなくなってしまった。

 おそらく、今後は誰を相手にしても、私は恐怖心を抱きながら接することになるのだろう。

 親友だった彼が私の人生の支えとなっていたように、彼の娘である彼女もまた、私の人生に多大な影響を与えたことになる。

 結局のところ、私は彼の一族から逃れることは出来ないということだ。

 私は初めて、彼に対する負の感情を抱いたが、その不満をぶつけることは永遠に叶わないだろう。

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友人の正体 三鹿ショート @mijikashort

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