第43話 それぞれの春

春休みに入ってすぐ純の引っ越しが始まった。

家は決まっていたのだが、先に家電を揃え、彰良の引っ越しを優先にした。

その後、純は家族に彰良を紹介した。

最初は反対していた両親を純は見事に説き伏せていたのだ。

それから純は荷物を少しづつ移動させ、先に一緒に住んでいたが、今日は残りの大きな荷物を運び出す日だ。

荷物は業者が運ぶのだが、きっと実家へはあまり戻る事はなくなる純の荷物を全部片付ける為、諒と瑞稀は駆り出されていた。

戻る事が少なくなると言うのは、また、いつ両親が転勤するかわからないからだ。転勤が決まるとこの家もなくなる。

だから、引っ越しついでに純の荷物は全部片付ける必要があった。

マンションのゴミ捨て場に最後のゴミを捨てた後、休ませてくれと文句を言う諒を無視して、瑞稀達は車に乗り込む。

今日は珍しく純の両親が家にいて、手伝ってくれていた。

気まずい雰囲気になるかと思われていたが、彰良が思いの外、純達家族に馴染んでいるのを見て、瑞稀は心から安堵していた。

純は彰良と業者の車に乗り、可奈と可奈の母親を残し、父親が運転する車に瑞稀と諒が乗り込む。

雲一つない晴れた日だった。


「疲れた・・・」

電車の中で項垂れる諒に、瑞稀がヨシヨシと頭を撫でながら微笑む。

「二人・・・幸せそうだったな」

撫でられた事で機嫌が良くなった諒は、嬉しそうな声でそう呟く。

瑞稀も嬉しそうにそうだなと答えた。

「俺達ももう高3か・・・。俺と諒は大学は同じとこ決めたけど、可奈はどうするんだろ」

「あいつ・・・きっと俺達の所に来るぞ」

急に機嫌悪そうに諒が答える。

「どうしてそう思う?」

「だってあいつ、俺達の目指している大学の学科調べてた」

「そうなのか?可奈は将来の話とかしてなかったぞ」

「だからだよ!決めてないから俺達と同じ大学に通いながら、決めるつもりなんだよ!」

諒は体を起こしながら声を荒げる。それを瑞稀が落ち着けと宥めた。

「最悪にも大学の学科幅が広すぎる」

「そうだな・・・俺は教育学部、諒は経済学部、可奈はどこ行くんだ?」

「知らない・・・だけど、このままだと家も近くに引っ越して来るぞ」

「ハハ・・・まさか」

瑞稀は苦笑いしながら答えるが、諒は真剣な顔をして首を横に振る。

「いいか?そもそも純が家を出る理由は両親の転勤についていけなくなるからだ。だとしたら、いずれは可奈も一人暮らしになる。俺達は実家から通うから、そうなると安心だからという理由で実家の近くに移り住むはずだ」

どんどんと仮説を立て始める諒に呆れて、瑞稀はため息を吐く。

そして、そっと諒の手を取りぎゅっと握り、手を繋ぎ合わせる。

諒は一瞬驚いた表情をするが、すぐに満面の笑みを浮かべる。

そんな諒に、瑞稀も微笑み返しながら提案があると口にした。

「そしたらさ、諒の家に俺が引っ越すのはどうだ?諒はおばさんを1人にしたくないから俺達2人で暮らす事は出来ないけど、俺が引っ越せば2人の時間も作れるだろ?それに、空いた俺の部屋に可奈が引っ越してくれば安心だし、全部が丸く収まる」

瑞稀の言葉に諒がはち切れんばかりの笑みを浮かべて、何度も首を縦に振る。

「俺は俺達の周りも大事にしながら、それでいて互いを想いながら暮らせていけたら幸せだなと思ってる。諒もそうだろ?」

「俺は瑞樹が幸せならそれでいい」

「まったく・・・」

諒の返答に呆れながらも瑞稀は優しく微笑む。

その笑顔を見て諒も微笑む。

暖かい日差しを背中に感じながら、2人は手を繋いだまま、心地よい揺れにゆられ肩を寄せ合った。

少しつづ離れた距離。

たった20センチが近い存在を遠くしていた。

でも、もう2人にはその20センチすら愛おしく思う。

瑞稀を包み込める差、諒を見上げ一番先に気付き思いやれる差、本当は悲しくなんかなかった差・・・寄せ合った肩がそう思わせてくれる。

そして、それぞれの新しい春が幸せであるように瑞稀は願い、そんな瑞稀との幸せを諒は願った。


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20センチの距離 颯風 こゆき @koyuichi

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