桜の樹の下で

つきの

さくらさくら

 ――4月の、ある晴れた日


 その女は、満開の桜の下に立っていた。


「ああ、やっとこの日がきたんだわ」


 今を盛りと咲く花たちが共に喜ぶように、その花びらを女に降り注ぐ。

 それはまるで、祝福のように……。


 🌸🌸🌸


 新型ウイルスの蔓延から、人々の生活は変わっていった。

 リモートワークが進んだことなどは良かったのだか、感染予防の為、行動制限は続き、しかし、その反面、旅行を自粛させたり支援してみたりと、政府の対応は迷走した。


 来年には……次の年には……その次の年には、きっと……。

 ウイルスは変化していくが、特効薬と呼べるものは相変わらずないままに、人々の心は疲弊していった。


 ソーシャル・ディスタンス社会的距離という言葉が当たり前のように聞かれる日々。


 ウイルスが弱体化してきたと言われても、現実的に病む人、亡くなる人はまだ多くいるのだ。


 大切なひとと離れて暮らしている人々が、どんな思いで会えない日々を過ごしてきたことか。


 切ない数多くの別離も、そこにはあった。


 親と子が家族が、恋人同士が……思うがゆえに……。


 🌸🌸🌸


 女は白髪混じりの髪に、そっと手をやった。


「長かった……本当に長かった」


 男は介護職だったし、老母と暮らしていた。

 女は持病があり、通院を続けなければならない身だった。


 だから。


 この10年間をずっと、毎日の電話とLINEだけで二人は繋がっていた。

 万が一、を考えると、新幹線で3時間ほどの遠距離を行き来することはできなかったのだ。


 それも。


「やっと、特効薬ができて……やっとやっと、この日が来たのね」


「あなたに……会える、この日が……。」


 会う時には、この想い出の桜の樹の下で、二人でそう決めていた。


 約束の時間まであと少し……桜の下で佇む女の名を呼ぶ声がして振り返る。


「ミホさん」


 シワが増えたけれど、変わらずに柔らかな顔で笑う彼が近づいてくる。


 桜吹雪が、そんな二人を、そっと隠した。


(了)

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桜の樹の下で つきの @K-Tukino

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