Scene-05 ディフィート・アナザー・デイ

「あああ……ああーっ! ああー!」


 ザ・アビスの絶叫を背に、清華の運転するオースチン7の助手席にふわりと着地する。

 ちなみに左。英国製だから右ハンドル!


「振り返っちゃ駄目だ、このまま逃げて!」

「はい!」

 

 コンクリの海は無茶苦茶になっていた。

 底から浮上寸前だった《何か》の気配を強く感じるけど、振り替えるのは断固拒否!

 景貴も連れて地下駐車場から全力で脱出した。

 出口から飛び出すと、トラムとぶつかりそうになりつつ向かいの空き地に飛び込んで停まる。

 ――あ、景貴を引きそうになった。


 日比谷三角を見ると、待機していた結社の人たちがすっ飛んできて地下駐車場を封印していた。

 ふう……終わった、終わったけど!

 胸中で天に吼えると、ニュートがひょこりと覗き込んできた。


『浮かない顔をしているが、どうした?』

「新しい力を使い損ねた」

『――ふむ、そういえば使っておらんかったな。使えばよかったろうに』


 そんなことを言われても。

 あと使わなくても勝てたってことは、本番がまだ残ってると思っちゃうワケですが。

 仕事ならやるけど……

 ブツブツ言いつつ、改めて皆の状態を確認する。


 景貴と清華は運転について口論……無事だな、うん。

 井手上さんは口から魂が出てそうな顔でバックシートにひっくり帰ってる。魔術を二回も使えばそうなるか。

 彼女は貴重な戦力だから、ちゃんと回復するのを待ちたい。


『瑛音、ほにゃけてるところを済まんが、あそこにカルネがいるぞ』

「ちょっと待って……おけ、何かあったら合図よろ」


 念のためシートに沈み、セブンのグローブボックスからウェブリーの弾を取り出してリロード。

 そして幻視ファンタズマリコールを発動する。双子がいるから第二段階なので、隠れたままでいける。

 どれだ……ええと、ああ、いた。


 ネルシャツに着物、袴という書生さんスタイルをして、顔を大きなマフラーで覆っている。

 しばらく日比谷三角のスタッフをジーッと見ていたけど、やがて諦め、どっかへ行った――ので、現実ではとっくにいないな。

 日比谷三角の時計塔をチラ。よし。

 これでいつでも過去を再生できる――ので、後を付けてこっちから急襲してやる!


 でも明日ね……この服では嫌だし、補給と井手上さんの回復が先だ。

 そこで幻視をリリースした。



「――カルネの奴、こっちに手を出してこなかったね」

『普通このタイミングで手を出すか?』

「消耗してるのは分かりきってるもの。僕なら襲うよ」

『かか! 大分と慣れてきたな、瑛音』

 

 そうかな……そんな自覚はないけど。

 兄妹喧嘩がヒートアップしかけていた景貴と清華を呼ぶ。


「景貴、清華、取りあえず着替えたい。日比谷三角に戻るから、二人は……」

「お供します!」


 おけ。

 車とバイクは結社の人にお願いし、ついでに井手上さんも医務室へ運んでもらうと、僕と双子とニュートは地下駐車場へ戻った。

 プラトーを右手でぎゅっと握りしめつつ、床をそっと蹴る――大丈夫。

 おかしな場所があるとすれば、ザ・アビスがさっきいた場所の一箇所だけだ。

 その一箇所が大問題!

 

「これ……江戸川乱歩だっけ?」

『ああ、昭和の作品にあったな。ちなみには入ってると思うぞ?』


 中身。

 つまり――ザ・アビスはコンクリートに半ば

 たぶん、僕の一撃で魔術回線とでも言うべき物が強制切断されたせいだろう。

 ゲームだと回線切断には悪評以外のペナルティがないけど、現実はありまくるワケだ。

 

 景貴がザ・アビスの彫像を興味深そうに覗き込み、挙げ句に蹴飛ばす。

 清華は僕の後ろで嫌そうにジーッとみている。


「撃ちますか、瑛音さま」

「そもそも生きてる?」

『口や鼻の中までコンクリが詰まってる、もう生きちゃいまいよ』

 

 うぞぞぞ!

 嫌な死に方だけど、末路としては順当なんだろうな。

 きっと僕も。

 せめて調子に乗らないように気をつけよう……


 後の処理を手配してからエレベーターでスイートへ戻り、中へ入る――前に、幻視で確認!

 よし、怪しい人影はない。

 荷物とかをベッド脇の床に放り出し、双子に声をかけてからニュートと一緒に風呂でざーっと汚れを流した。

 ふう……戦闘の後はシャワーだけでも気持ちいいな。



 

 さっさと上がって双子と変わり、下着だけ履いてから応接間のソファで髪パンパン。

 後ろのバスルームではお湯を貯める音が響いた。発明されたばかりのシャワーは医療用で、お風呂に使う人はほとんどいない。

 乾き難いニュートはタオルにくるまってもらい、ヒーターの側へ。部屋で一番暖かい場所だ。


『寝そうだぞ、瑛音』

「生乾きで放置すると匂いがつくから駄目だよ、きみ乾きにくいんだからさ」


 こっちはいつもの恰好に着替える。

 ただしジャケットとかはなし。

 双子も上がって来た頃、ぐるぐる目の井手上さんも自力で合流した。医務室から戻ってきたらし。


「もどりー、ましたー」


 和服のまま、ぽすんとソファに座る。

 景貴はシャツの上だけ、清華はスリッフ姿だけど、誰も気にした風もない。

 僕は内心ちょっと気にはしてるけども!

 

「ふと思ったけど、景貴と清華っていま一緒に入ったの?」

「そうですが、何か」

「あ! お背中を流した方がよろしかったでしょうか!?」

「いや、それはいいんだけど」


 んー、まあいいのか。兄妹だし、ジブリ二作目の三十年くらい前だし。

 納得していると、ニュートがぽわぽわしながら呟く。


『瑛音、そろそろ警戒は解いてもいいのではないかな』

「へ? 幻視はもう終わってるけど……」


 ニュートのボケボケした目線の先を見る。

 そこにあったのは壁で――壁?

 その向こうにあるのは寝室で、そこにはベッドと、あと……


「ああっ!?」


 しししし、しまったぁーーーーーーっ!


 

「イース人さん、いまの無し! まって、ちょっとマジで、待ってー!!」


 叫ぶけど、多分きっと絶対に待ってくれなかったと思う。

 ゴロゴロと転がりかけるのを必死に押さえつつ、頭を抱えた。

 ニュートはやれやれ的な顔。

 横では景貴、清華に、井手上さんがポカーンとしている。


「ど、どうなされたのですか?」

「プラトーを出しっぱなしにしたまま、お風呂入っちゃった……」


 ああ、これでアーカイブが十八禁に……ぐすん。


「ねえ、僕の裸って魅力あったりする?」

「「「もちろんです!」」」


 三人に力説される。

 さいですか。

 まず井手上さんがトップを切った――ので、止め損ねた。井手上さんは《レテの書》の影響で記憶を消去されるため、魔術を使った後は新しい経験を詰め込む必要がある。

 これもまあ……経験かな。仕方がないから最後までちゃんと聞く。


「殿方なのに、瑛音様のお尻は卑怯です! 婀娜やかで、官能的で!」

「大きいからちょっと嫌なんだけど……」


 反論は通じず、井手上さんが僕のお尻の魅力を語り始めた。

 令和の言葉に翻訳すると――ギャップ萌え?

 まあ……ギャップか。そですね。

 あと記憶の消去が暴走したりはしてなさそうだから、この辺りでオシマイ!


 ――とは、いかなかった。

 次に景貴が語り始める。

 

「今日はお背中にも魅力があることを知りました。うなじもいいですが、肩甲骨のラインも……」

「景貴なら自分のを見て」

「僕のですか……ああ、ならば比べてもよろしいでしょうか、瑛音さま!」


 色っぽい目付きで髪をかき上げる。

 美少女顔の黒髪美少年がうなじから背中、お尻のちょっと上までを露出してるところを想像した。

 うーん……いい、ような?

 てゆーか、景貴の背中側ならこの前の温泉でも見まくったような気がする。

 まだ清華とそう違いはなかったような……じゃなくて!

 その清華がしなだれかかってくる。

 

「瑛音さま、途中で衣装を腰の上まで切り裂いておりましたが、あれは未来の流行りなのでしょうか」

『もうちょっとしたら上海で生まれるぞ、ロングワンピのスリット深いチャイナ服』

「チャイナ服……かな」

「大陸の服ですか。わたしもちょっと気になっておりましたので、今度ご一緒に買い物へ行きましょう! 井手上も一緒に来なさい、買ってあげます」

「わ、私もでしょうか!?」


 和服以外は全部コスプレと思ってそうな井手上さんが真っ赤になる。

 清華は僕にぐいぐい密着。

 待て、ちょっと待て。井手上さんと清華はいいとして、僕にも生足になれと?

 さっきなってたけどさ!

 念のためニュートを見る……いいの?


『大正時代のチャイナ服は下にズボンかスカートを履く。日中戦争の勃発まで高級おしゃれ着だし、一着ぐらい持っててもいいのではないかな……』


 ニュートは前脚をぺたっと投げだし、バスタオルの中で寝かけている。

 うとうと……はっ! と、起き上がって目をゴシゴシ。

 癒されるなー


『瑛音、飯』

「そうだね、ご飯にしようか。簡単なのでいいかな」

「では、ご手配を」


 景貴がズボンを履き、清華にも着替えるよう促してからフロントへ。

 清華は井手上さんに手伝って貰いながら着替えはじめる。


「清華、ダゴン秘密教団の関係者に『バンジ』って人がいないか確認してみて。苗字か名前かは分からない」

「承知いたしました、瑛音様」

 

 清華の身支度が終わった頃、巻き寿司と稲荷寿司のコンピ弁当を抱えた景貴が吹っ飛んできた。

 後ろには見慣れないオジサン……じゃない、村茉さんか。 

 魔術結社ウラテリスの幹部の一人で、双子の祖父である綾瀬杜伯爵の片腕みたいな人だ。

 鋭い眼差しを眼鏡の奥に隠し、スタイリッシュなスーツを決めたクールなオジサマなんだけども、今はかなり焦ってる。

 景貴が弁当をドサドサとテーブルに置くと、ガッシと掴まれた。村茉さんも続く。


「瑛音様、大変です!」

「申し訳ありませんが我々と来ていただけますでしょうか、瑛音様。食事とご休息は移動しながら願います」

「いいですけど、助教説明を」

「お爺さまが……お爺さまが、船ごと消失を!」

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ルルイエ浮上前の大正に転生しました、帰りたいです @HCE

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