最終話

 砂浜に鎮座する大きな岩。その上に鎮座する私。眼前には真夜中の海。

 波の音だけである。

 私の夏休みはきっとこれでおしまいなのだろう。これ以上、大きなイベントが発生するとも思えない。マザーペックに会い、満足はしている。言っていることも何となく分かったし、これ以上何かを得る気もない。

 欲張って良いことなどないのだ。どこかで矛盾が発生し、それを補うためのうねりが生まれる。そこに巻き込まれることは避けたいものだ。

 私は才能のある人間だ。けれど、謙虚だ。才能を回すだけで良いと思うほど横暴でもない。

 深く入り込まない。歩幅も合わせない。見上げもすれば、見下しもする。怪我は一切負わない。

 器用な私である。

 極端が一番簡単なのだ。中庸が最も難しい。世の中は、馬鹿よりも天才よりも、凡人という役回りが最も苦労をするようにできている。

 マザーペックの噂は本当だったのだろう。多くの人を犠牲にして、その結果を享受し、クローズドシアターで利益へ変換、最後に研究ビジネスとして全体へと振りまく。マザーペックが中心で回っていたのは、クローズドシアターだけではなかったのだ。

 死なれたら困る存在。

 それがマザーペックだったのである。

 私は自分が少しだけ大人になったことに気が付いた。いや、もしかしたら成長を意識してしまう所に子供らしさが残っているとも言えるのかもしれない。

 他の高校生とは違うのだ。他の人間とは違うのだ。マザーペックとも違うのだ。

 私は。

 私のことを愛している。

 私が中心で、私が主人公なのだ。

 他はギミックでしかない。

 マザーペックがいたら、私を研究者として見るだろうか。

 マザーペックという存在は命から遠ざかっているのか。それを超越していると言ってしまえばそれまでだが、考える余地はまだある。命を散らせるきっかけづくりをしていたのだから、自分の命の価値についても結論は出ていたことだろう。

 高いところから見下ろしていたのではないだろうか。それは他者だけではなく自分自身も含めて。

 私は命についてこう思っている。生まれることはあっても、死ぬことはできない。

 消えてなくなることのできない命である。死を迎えても、その一部分はどこかに必ず存在していて、私たちと触れ合っているはずなのだ。意識はなくなっても、存在を消すことなどできない。どこかにいて、どこからともなく現れて、なんの前触れもなく離れていく。それを繰り返して、気が付けば一体となっている。

 今の私も、体からありとあらゆる、かつて私だったものを落として生きている。髪の毛、爪、涙。私は拾い集めることもせず、愛着も特に湧かないため無視をしている。

 もう、一体となっているのかもしれない。

 目を瞑って波の音を聞こうかと思ったがやめた。ありふれた方法だ。しかし、ありふれているということはそれだけ王道とも言える。

 私以外の人間が試せばいいのだ。私はそんなことをしなくとも、理解できている。

 マザーペックも、この海辺のどこかに混ざっているのだろう。

 きっと、百、千、万、億。いやそれ以上。

 私もその中の一人であることを強く願っておく。

 良い心地である。このまま眠るのも良いが、死ぬのもいい。

 少しだけ。ほんの少しだけ。

 マザーペックに近づけた気がする。

「そうは思いませんか、マザーペック」

 この場所こそ。

 君が混じった海辺の一億。

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