第14話

 エレベーターに乗って、ロビーに出る。

 主任が待っていた。

「お連れ様です。一緒に来られた方が、外でお待ちのようです」

「いえ、帰ったと思います」

 最初に会った時よりも明らかに主任の対応が丁寧になっている。マザーペックと話をしたことでこの研究施設内での格が上がったのか。それとも仲間意識が生まれたのか。いや、両方か。

「一応、話してはきたのですが、マザーペックとは一体なんなのですか」

「会話をした感じで分かったのではありませんか」

「まあ、なんとなく」

「AIです。もちろん」

 思考が一瞬停止する。

「生きた人間ではないということですか」

 間抜けな質問であったと思う。

「えぇ、そういうことになります」

「あのディスプレイには何の意味があるのですか」

「赤いハートがありましたでしょう。あれをマザーペックと思っていただければ問題ありません。マザーペックからもきっとそのようなお話があったかと思います」

「水槽の中のディスプレイ」

「正確にはその中にマザーペックがいたのです。どのようなお話をされたのですか」

「主任はマザーペックとどのようなお話をされたことがありますか」

「ありません」

「一度も」

「はい、ただの一度も」

 あたりを見回すと、何人か研究員が歩いていた。こちらに気が付き会釈をしてくる。

 ロビーは最初に来た時よりも、若干だが賑わっているように感じた。空気に暖色が増えたように思う。

「良い経験になりましたでしょうか」

「はい。非常に有意義でした」

「それは何よりです。では、出口にご案内いたしましょう」

「最後に、一つだけよろしいですか」

「なんでしょうか」

「マザーペックは、自分のことをディスプレイの中にいる赤いハートではないと言っていました」

「まさか」

「そこにいるわけがない、と言いました」

 主任の顔から表情が消える。私の目を一度見つめ、それから首を少しだけ捻った。

「出口まで案内すると言っておきながら、大変申し上げにくいのですが」

「はい、マザーペックに会いに行くことをおすすめします」

 私はクローズドシアターを後にした。

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