crystal one way

桃色

プロローグ



薄らと空が明るみを増す、それでも暗い夜。


「……綺麗。」


暇を持て余したあたしの

瞳にふと写ったのは、憂鬱をも飾りに輝く、

宝石のような少女だった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


「ん……。」


身を起こし、目を擦る。

生暖かい掛け布団を端へとやり、周りを軽く見渡す。


カーテンからちらりと見える暗い空。

静かに眠っている班のみんな。

深夜に起きたと、直ぐに理解した。


スマホを取り出し、時刻を確認する。

予想は的中。午後、零時二分。


「夢だったり…… 。」


天井を見上げ、虚しげに呟いた。

生暖かい手で自分の頬を抓る。


確かに伝わるほんの僅かな痛み。


「……ふふっ。」


思い返せば、こうして夢だったケースの方が稀だったな、と笑みをこぼす。

誰かの起床を期待しながらも。


期待は届かず、部屋は静寂に包まれていた。


「はぁ。」


思わず溜息をつく。


…空でも眺めて時間を潰そう。

こんなシーンに、あたしだって時間を使いたくない。


きしきしと僅かながらも音が鳴る。

二段ベッドの梯子を降り、小走りで窓辺へ向かう。


少し素朴なカーテンを開ける。


雨が窓ガラスを経由し、お洒落な窓を見せてくれる。


窓の外を見つめる瞳にふと映る、煌めく灯。

橙色なんて暖かいものじゃない。

蒼く、宝石のような眩しい程の輝き。


真っ暗闇、目立つはずなのに目を凝らさなければ見ることはできない。


( それに、なんだか惹き込まれるような……。)


あたしは咄嗟に手を伸ばし、窓を開けた。

体が冷えてしまう程の風も、雨もお構い無しに。


音が混ざりあっている。

それでも、その中に一際目立った美しく、煌びやかな歌声が聞こえた。


「……綺麗。 」


口を開け、呆然とする。


心を動かされるようだった。

そんな簡単な感想しか出ない程に、歌声に耳を傾ける事に必死にさせる。


目を奪われ、眺めた宝石のような少女。

どことなく、見覚えがある様な気がした。


そして、目が合う。

目はダイヤモンドのような透明感がある。


衣服は、眩しい程に輝きながらもユリのような華やかさを感じる。


こんなにも美しいのに、羨望感はない。

ただ、美しいという感情に見舞われる。


身長は小柄に思えるが、白く透けた服装と合わせると、

まるでクリオネのようだった。


また一層と強く吹く風に、あたしは瞬きをする。


だが先刻、瞬きをした僅かな瞬間に、

花弁が舞い散るように姿を消してしまったようだ。

瞬き厳禁、だったらしい。


「……あたし……。

奇跡的瞬間、見ちゃった! 」


自然と笑みがこぼれる。

逃したからと言って悲しむ柄ではない。


不可思議な現象を見れたのも、勿論の事、嬉しかった。


でも、あたしの笑みの理由はそれじゃない。



あの見覚えの正体。



それは、私のクラスメイト。



音乃 雨 だった。


 ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄ ̄


爽やかな青空。

二人きりのじゃない、れっきとした修学旅行二日目。


朝は班でフロントに集合し、

二日目の予定などをざっくりを話すらしい。


部屋から出て、フロントに向かう。


あの後、結局二度寝しようとしたら寝れなくて、徹夜してしまった。

溜息を漏らし、下を向く。


刹那、聞き馴染みのある声が聞こえた。


「……お〜い? 」


「寝てる? 」


どうやらずっと話しかけてくれていたらしい。


「あ……。ごめん、気づかなかった!」


あたしは慌て、二人は遠回しでも大丈夫、と伝えてくれた。


彼女達は私の大親友。

腐れ縁だ。


稀にいる体育系少女、梁生やなき 染夏そめか


お洒落少女、寝緒ねお 零未れみ


そしてあたし、白昼しらひる ゆめ


あたしを含めて三人組。

兎に角仲がいいとは言えないが、仲はいいと思う。

困ることだって、喧嘩だってよくある。

染夏と零未は言い争いをしがちで、困らされているし。


こうして端的に紹介している間にも後ろで言い争いが起き続けていた。


「朝までオールしよ、とか言ってたのに即寝た人って誰だと思う? 」


「そんなこと言ってさぁ、仕方ないでしょ!

自分だけ早起きして時間ギリギリまで誰も起こさなかったじゃん。

そのせいで全員遅刻してるよ! 」


「仕方ないじゃん。

時間なんか気にしないでしょ。

起きるのが遅い方が悪い。」


「確かにそれはそうだけどさー、

起こしてあげるのが人情ってもんじゃないの?

零未が心冷えきってるから起こさなかっただけでしょ! 」


「はぁ?あんたね……。 」


「あーはいはい!喧嘩はお終い!

折角の修学旅行なのに朝から喧嘩してたらつまんないよ! 」


二人の言い争いにあたしが割って入り、

喧嘩をしないように促す。


「……そうだね。」


納得していないらしく、不貞腐れる染夏。

喋ってはいないものの、零未も染夏と同じのよう。


いつ言い争いになるか分かったもんじゃない。


( 取り敢えずは落ち着いてくれたみたいでよかった。)


あたしは胸を撫で下ろし、安堵した。


数刻経ち、フロントに着いた。

大遅刻、という訳では無さそう。


座ろうとした矢先、ある少女と視線が合った。


音乃さんだ。


なにか、音乃さんの耳飾りか見覚えのある煌めきがあった気がする。


「おい白昼、さっさと座れよー! 」


「あ、やば……。」


周りを見渡すと、知らぬ間にあたし以外の全員が座っていた。

あたしは声を漏らし、気がかりを憂いながらも正座をする。


音乃さんと目を合わせた時、あたしも首飾りから妙な温かみを感じた。


( もしかして…?

……いや、そんな事……無いはずだよね。)


あたしももしかしたら、なんて。


疑問が幾つもあって、頭が混乱気味だ。


一つ一つの丁重な処理をする為に、冷静にならなければ。


……なんで目をそらさなかったんだろう。

一つの疑問。……いや、一番の疑問。


こんな疑問が一番なのも理由がある。


いつの日かの記憶を辿る。


─────


中休み。


「ねー、二人。

雨……。じゃない、音乃さんって知ってる? 」


零未が聞いてくる。

零未は地獄耳と有名だし、それに噂が大好きらしい。

こうやってよく話を持ち込んでくる。

いつもは全く喋らないが、こういう時だけ話してくる。


あたしと正反対だ。


( よく友達になれたな……。)


それより。気になったのは、零未が一瞬「雨」と言ったことだ。


確か、音乃さんの下の名前は……。


「音乃 雨さんでしょ? 夢も、当然知ってるよね? 」


問いかけてくる染夏。何故だろう、声が弾んでる。


「当然! 喋ったことはなくとも、クラス一緒だし! 」


「そう。よかった。

話したかったことなんだけどさ…、

音乃さん好きだった田中が目合わせたらすぐ逸らされたらしいー。」


真偽が分からない話だ。

というか。


( だから何だ……。)


どこから取りだしたのかノートに田中と音乃さんの相合傘を描いて、

その上にバツを書き加えた。

「うけるよね。」と付け足しながら。


なんだろう。田中可哀想。


あたしも染夏も噂話は好きじゃない。

軽く反応をしただけになった。


「テンションひっくー。返事無し? 」


「だってうちらは零未と違ってそういうのどうでもいいし。」


「そーそー。それに、普段はそういう噂は言わないのに、なんで……。」


零未を探るように言うと、肩を震わせた。


「……別に? 特に意味は無いかな、気分! 」


妙に早口。目が泳いでいる。

これ以上ない怪しさを感じとった。


「てか、次移動じゃなかった? 」


我先にと荷物の準備をしている染夏。

いつの間にすっからかんな教室を見渡し、体に寒気が走る。


「そうじゃん! 急げ急げ! 」


必要なものを素早くかきあつめ、急いで教室を出た。


時刻は、既に12時7分を指していた。


─────


なんてことがあって、しこたま怒られたから、覚えている。


いかに少しだけの遅刻でも、それを重ねれば結局は怒られる。

……なんて言葉も、一種の言い訳なのかもしれない。


考え事をしていたら、

話はとうに終わっている様子。


「夢ー! 置いてくよー? 」


「待ってー! 全力疾走してそっち行く! 」


窓の外には、明るい空と小雨。


これは、天の気まぐれから始まった物語だった。

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